腐った林檎が、います

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「洋平、林さんが●●●の新刊いれろって」 「あ、やっぱり。言われると思ったんだよなー、あちゃー。すみません山本さん」 「いや、いいよ。お前も大変だしな。谷川のおじきの具合はどうだ」 「まあ…いいとはいえないですよねえ。頭の血管切れてから左半身がうまく動かないっすからね。しょうがないですよ。林さんが食い扶持くれただけありがたいと思わなきゃ」 「給料いくらだよ」 「社員扱いなんで、手取りで16万。寮費は2千円です」 「歳はいくつ」 「32です」 「…うーん、俺と4つ違いかあ」 「いいんですよ、いいんですよ。ちゃんと休みももらえてますからね。…イケニエくんよりは随分ましだし」 「あいつは?」 「相変わらず【プライベートルーム】にいますよ」 痩せ型のメガネがニヘラ、と笑った。 洋平が【プライベートルーム】と言ったのは、シャワールームのそばにある部屋の事だ。前の借主が自分用の部屋に作ったもので、6畳の部屋とユニットバスがついている。そこにイケニエ、と俺達から呼ばれている男が飼われているのだ。防音設備はばっちりだから、いくら叫んでも大丈夫だ。いくら叫んでも…助けはこない。 オレンジジュースと漫画を俺の主に渡すと、時計を見る。午後一時、そろそろだと思って男に一階に行きますと告げると返事はなかった。フラットタイプの狭い箱にゴロン、と横になる男を俺は林檎と密かに呼んでいる。林、悟。はやしさとる。漢字で書けば林悟。あいつは林檎だから、林檎箱みたいな狭い場所が好きなのだ、と林檎の幼馴染である川崎さんが笑って言っていた。 「出来ていますか」 「ああ、出来てるよ山ちゃん。どう、大将は。相変わらずかよ」 「相変わらずですね」 「あいつに言っといてくれ、もう少し家賃どうにかならねえかって」 「それはいいですけど…きついんですか」 「あはは、山ちゃんは相変わらず生真面目だな。冗談だよ。ちゃんと儲かってるって。はいよ、いつもの」 一階の回転寿司で出前を4人前受け取ると、店長の川崎さんが奥から出てきた。川崎さんも元々ちんぴらのようなものだったが、体を壊して回転寿司を始めた。林檎は仲間には優しい。 「それはそうと、林檎はまだあいつを手放さねえか」 「ええ、まあ」 「厄介な奴に惚れられたもんだよな、奥本もさ」 「…勘弁してほしいですよ」 「え」 「俺には男の趣味はないんだ。慣れろと言われてもあの光景は見たくない」 「…山ちゃん」 「はい」 「あいつの元に来て何年になる」 「5年です」 「いま幾つだ」 「28です」 「…可哀想になあ」 川崎さんが俺を。俺を哀れな目で見た。俺の趣味に合わない白いスーツ、黒いサテンのシャツ。オールバック。嫌になる、嫌に。 どこからどう見ても俺は【あの人】だ。 キャロットに戻ると洋平が黙って【プライベートルーム】を指さした。 俺は黙って出前のパックに入った寿司を一つ渡してやった。 「堪んないですよねえ」 ぼそりと洋平が呟くのを聞きながら、俺は【プライベートルーム】の扉を開ける。
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