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その林檎は半分どすぐろい色をしている
その林檎には大きな口だけがある
その林檎が笑っている
やけに白い歯をむき出しにして
腐った林檎が、います
狭い箱に入って、います
【腐った林檎が、います】
俺はあの人の【コピー】だ。数年前にあの人が言った言葉によって、俺は自分のセンスを封じ込められた。
今では休日に着る服さえ、購入したことがない。
唯一いいことと言えば、高い服がただでもらえる。
いつ身代わりにされるか解らない恐怖と引換だとすれば、それはなんて高い洋服代なんだろうか。
「いるか」
「ああ、こんにちは。いらっしゃいますよ」
漫画喫茶【キャロット】は桐谷町駅すぐの所にある。
6階建てのビル、一階は回転寿司、二階は歯医者、3階はここ、キャロット。
4階はAVの企画会社、5、6階が俺達の事務所だ。表向きはローン会社ということになっている。
ビル全体があの人のものだから、あの人がどこでなにをしていようと俺はなにも言う必要などないのだが、もう少し自覚はもってほしいものだと思う。
個人店そのもの、と言った漫画喫茶の左側のつきあたりのブース、【16番】と書かれたフラットタイプの小さな個室のドアを俺は二回ノックした。
「林さん、いますか」
返事はなかったが、鍵があく音がしたので失礼しますと言って扉を開ける。
すると俺とそっくりの服を来た男の背中が見えた。
白いスーツ、黒いサテンのシャツ。オールバック。
吹き出したくなるような服のセンスだが、この人が着ると嫌味に見えなくて、俺が着ているとどうにもきまりが悪いのだ。
後ろ姿はそっくりというから、変ではないと思いたい。
「山本、ベル●ルクの20巻とってこい。あと、オレンジジュー…スな」
「はい」
「それから洋平に、●●●の新刊いれろっていっとけ。谷川の爺はなんにもやんねえからな」
「はい」
「あとな、2番のやつに注意しとけ。さっきからAVの音が漏れてんだよ」
「はい」
そういって俺はベルセル●20巻を取りに行き、2番のブースにノックをして、丁寧にAVの音が漏れていることを注意しに行き、オレンジジュースを手にしてフロントに行って顔なじみの店員に声をかけた。
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