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あの時と同じ無垢な笑顔で女は話しかける。
「私はちゃんと約束を守ったのに、お兄さんは守ってくれなかったね」
持ちかけられた交換条件は、ある人物を殺すことだった。
交換殺人というやつだ。
女が上司を殺してから1ヶ月、その間に実行する約束だった。
だが、俺はしなかった。
いや、できなかった。
人殺をする重圧に耐えきれず、約束を守ることができなかった。
そして、今日に至る。
女はため息をつく。
「まぁ、今までも、約束守らない人たちばかりだったんだけど」
女は俺の座っている椅子の背に手をかける。
「んーんー!」
叫ぼうとしたが、猿ぐつわをされた口はくぐもった声しか出てこない。
それならばと体を揺すっても、体に括り付けられたロープはびくともせず、少しだけ椅子が、ガタガタ揺れただけだった。
「怖いんだ?」
コクコクと頷く俺に、女は変わらない笑みを向ける。
「けど、ごめんね」
女は俺の座っている椅子の背を強く押した。
「約束守らない人、嫌いなんだ」
椅子ごと、俺は後ろに倒され、宙に放り出される。
黒い水面にぶつかるまで俺が見ていたのは、どんなものよりも混じりけのない、きれいな笑顔だった。
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