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「ねぇ、この服覚えてる? 初めてのデートで貴方が買ってくれたやつよ」
そう言って私は彼の前で軽やかに廻って見せた。淡いピンクのロングワンピース。裾が遠心力でふわりと広がった。
もう何年前になるだろう。初めてのデートに緊張していた彼の初々しい姿を思い出し、思わず笑みが零れた。
けれど、答えは返ってこなかった。
彼は駅のホームでベンチに腰を下ろし、すっかりスマホに夢中だ。今はゲームの方が大事らしい。
「まったくもう」
私は溜め息を漏らした。もう何度目の溜め息か分からない。随分前に数えるのを止めてしまったからだ。
私の方を見向きもしない彼の姿を改めて見つめた。
荻野圭吾というのが彼の名前だ。
決して容貌が優れている訳ではない。寧ろ一般的には劣っている方だろう。お洒落とも言い難く、常に全身黒一色。少々恰幅の良い体型が安堵感を与えてくれるものの、正直外見的には魅かれる要素は乏しい。彼自身、モテた経験など無いと言っていた。
「男は見た目じゃないもんね」
彼の魅力は外見などでは無い。確かに他人には伝わり難いのだが、私だけが分かっていればそれで十分だ。
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