追憶

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 電車に揺られている間も会話は無かった。  私が一人で喋り、彼はそれを聞いているのかいないのか。相槌すらうってくれない。  寂しくないと言えば嘘になる。以前のようにくだらないことで笑い合い、彼の口から愛を囁いて欲しいと思わない訳が無い。  それでも、私は幸せだった。こうして彼を隣に感じられる。それだけで幸せなのだ。  電車を二度ほど乗り継いで辿り着いたのは一軒の山寺。毎年、こうして一緒に訪れている寺院だった。  街の中心部からは随分と離れた辺鄙な場所だからか、普段から訪れるような人は滅多にいない。このお盆の時期ですら閑散としているのだ。  しかし、今日は珍しく人の姿があった。山門に背を預けるようにして立っている女性の姿だ。 「ちょっと遅いよ」  その人は私たちに向かって言った。  切れ長な目が少しきつい印象を与えるが、とても綺麗な女性だ。白いブラウスにパンツというスーツ姿を思わせる装いが、余計に知的な印象を強めているのかもしれない。
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