追憶

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「別に遅刻した訳じゃないだろ。(ひとみ)が早く着きすぎなんだ」  私の隣で彼は笑いながら応えた。  その瞬間、私の世界は音を立てて崩れていった。 「ろくな説明も無しにこんな山の中まで呼び出されれば、誰だって一体何事かと気も急くわよ」  その女は両手を腰に当て、憤慨した様子で口を尖らせる。本気で怒っている訳では無いことくらい私にも分かった。親しい関係ゆえの軽口だ。 「まぁまぁ、後でちゃんと説明するから。とりあえず付いてきてくれよ」  そう言って彼は山門をくぐり、寺院の境内へと入っていく。女は諦めたように溜息を零すと、彼の隣に駆け寄り並んで歩き出した。  そこは、私の場所だった筈なのに。  寄り添うように歩く二人の姿を、私は恨めしい気持ちで見つめることしか出来なかった。  彼は慣れた足取りで歩を進める。何年もの間、毎年訪れているのだから迷うことも無い。境内を抜け、寺院の裏手に回り込むと、そこは墓地だ。
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