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「覚えてるかな? 前に付き合っていた恋人の話」
墓地の中を進みながら彼は言った。
「初めての彼女の話でしょ。結婚する予定だったけど、お亡くなりになったって。確か事故だっけ」
彼は静かに頷いた。そして、ある墓石の前で足を止めた。
「ここは、その子の。松代亜弥のお墓なんだ」
松代家の墓だ。既に私の親族が墓参りに来た後なのか、すっかり綺麗に掃除もされていた。
「結婚は出来なかったけど、俺にとって大事な人だったから。こうして毎年、お盆には墓参りに来てたんだ」
彼はそう言って墓前にしゃがみ込むと、そっと両手を合わせた。
私の墓参り。これが、私にとってのデートだったのだ。一年のうちにほんの数日、一緒に過ごせる日々。
例え言葉を交わすことが出来ずとも、例え触れ合うことが出来なくても、この数日間だけは私と彼が二人で静かに過ごす日だったのだ。
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