追憶

5/8
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「覚えてるかな? 前に付き合っていた恋人の話」  墓地の中を進みながら彼は言った。 「初めての彼女の話でしょ。結婚する予定だったけど、お亡くなりになったって。確か事故だっけ」  彼は静かに頷いた。そして、ある墓石の前で足を止めた。 「ここは、その子の。松代亜弥(まつしろ あや)のお墓なんだ」  松代家の墓だ。既に私の親族が墓参りに来た後なのか、すっかり綺麗に掃除もされていた。 「結婚は出来なかったけど、俺にとって大事な人だったから。こうして毎年、お盆には墓参りに来てたんだ」  彼はそう言って墓前にしゃがみ込むと、そっと両手を合わせた。  私の墓参り。これが、私にとってのデートだったのだ。一年のうちにほんの数日、一緒に過ごせる日々。  例え言葉を交わすことが出来ずとも、例え触れ合うことが出来なくても、この数日間だけは私と彼が二人で静かに過ごす日だったのだ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!