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試験結果
クリスマスが3日後に迫った12月22日の朝。由紀子はソワソワと玄関と居間を往復する。母親共通テストの結果は一ヶ月で届く。
家の前を人や車が通る音がする度に、由紀子はスリッパを掻き鳴らしながら窓から顔を出すが空振りに終わる。
(教養科目の自己採点は90点近くあったし、料理も動画見たり教室に通ってたし……)
そう脳内で防衛線を張っていると、それを雷のように切り裂くインターホンが鳴り響いた。
「すみませ~ん、郵便で~す」
「あ!あ!はいっ!」
由紀子は全身の毛を逆立てるようにモニターのボタンを押し、いち早く玄関へと向かって薄い封筒を受け取った。
***
「ただいま~」
19時過ぎ。
誠一は仕事から帰宅したが、妻子の出迎える音がしない状況でほぼ何が起こったかを察した。
「……ただいま~」
「あ!父さん、おかえり!……はい、これ」
二度目のただいまを弱々しく発すると、ようやくリビングから瑛太がヒョコッと現れ、薄い用紙を一枚手渡した。
「不……合格だな、母性大学には。マザー大学には受かってるけど」
「そーそー!やんなっちゃうよな!国立じゃなくて私立とか……母親不合格だよ、あれ」
瑛太がピッと指差した先には固く静かに無言の圧力をかけて閉ざされたドア。誠一は静かに溜め息を吐く。
「結局、社交と対外活動が赤点で、頼みにしてた他の科目も平均点より下だったんだってさ!恰好つけて、他の科目で補うとか言ってたらこの様だよ、マジださいんだけど」
「あ~……」
瑛太はイライラをぶつけるように壁を蹴り、誠一は困惑を抑えるように頭を掻く。
「問題は……学費だな。マザー大学だと母性大学の二倍はかかるからなぁ」
「え~?! 大丈夫なの?それ!俺、来年、賢息高校行けるの?!」
「それは……どうにかするよ」
「え~!何それ!」
瑛太がもう一度、”ドン”と壁を蹴ると、その反動に合わせるように固く閉ざされていたドアがキィと静かな音を立てて開いた。
「あ……由紀子……」
「あなた、ごめんなさい……。こんなことになるなんて……」
「あ~……」
「本当だよ!俺の将来、どう責任取るんだよ!母親だろ?……あ、不合格だったか!」
「……瑛太」
瑛太のさすがの悪態に誠一が静かに注意するも、由紀子は目線を誰にもくれず、ただ呆然と前を見て続ける。
「これ以上、迷惑もかけられないから……私、決めたの。母親を”中退”するって」
「は?」
「中退って……どうするんだよ?」
瑛太が鼻で笑い、唖然とした誠一が問いかける。
由紀子は一瞬、眉をぴくりと動かし、答えた。
「……こうするの」
そうしてニタッと泣き笑いながら、静かに素早く瑛太に向かって凶刃を振り下ろした。
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