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4月は春の雨。
夜半まで柔らかく音を立てていた雨は、明け方にはすっかりやんだ。
どこか霞んだような春の空気は、ただでさえ眠い朝に拍車をかける。
異動したてでまだ慣れない通勤路をたどって、職場近くの地下鉄の出口から地上に這い出ると、残り少ない桜が少しだけ舞っていた。
ぼんやりしていた視界の片隅を掠めたものにふと、意識が持っていかれる。
あれは……?
通勤ラッシュの雑踏というほどではないものの、視界を埋める背中の波の狭間に見えたような気がする横顔。
片山、さん……か?
しっかり確かめたくてももう後ろ姿は遠く、声をあげて呼びかけるほどの確信もないまま、ますます遠ざかる。
ちょっと待って、と言いたいような、少しだけ駆け出したいような衝動を感じて、逆に歩調は緩む。
あれは片山さん……だったのかな……
そのまま自分の職場に向けて進みながら、遠目に垣間見た横顔を反芻する。
よくは見えなかった。
チラッとしか。
なのに何故、彼女だと思ったのか。
卒業以来一度も会っていない、さして親しくもなかったクラスメートの面影をいまだに鮮明に照らし合わせているなんて我ながらタチが悪い。そう思って、振り払うように早足で職場を目指しながら、やはり諦めきれずに思った。
あれは片山だったのかな、と。
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