それでも俺は覚えてない

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「ねぇ、覚えてる?」  覚えてない! ないない! 「覚えてるでしょ?」  じわじわと、近寄ってくる。俺はすぐに、壁際に追い詰められてしまった。 「覚えてるくせに」  覚えていると答えたら、どうなるのかを知っている。 「雪山で、あーんなに熱烈に告白してくれたくせに」  知ってる、覚えてる。急な吹雪の中、何て綺麗なひとなんだ、って思ったよ。  雪女なんだけど、いいの? って言われて、うん、って答えたんだけど。  彼女に先導されて、無事下山できた、数日後。  病院の看護師として、彼女は俺の近くに来てくれた。  あのときはすごく歳上だったからって、見た目を俺に揃えてきた、のだと思う。  あのときの、って確かめていいのか、ずっと悩んでいた。  プロポーズの指輪だって、ちょっと雪の模様入りにしたし、結婚式用のドレスもそんな感じの予約をした。  もしも、はっきりと、俺から言ってしまえば、昔話みたいに俺は始末されてしまうんじゃないだろうか。  雪女の物語。  もしも彼女の方から告白させたら、あのセオリーを崩せるんじゃないだろうか。  明日は結婚式。  彼女の目的が分からなくて、俺は、拗ねた顔をする彼女に、約束の言葉を口に出せない。  出さないまま、ずっと行こう。できればずっと。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加