シャボン玉

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「ねぇ、一番最後まで消えなかったシャボン玉ってどんな気持ちなのかな?」 「さあ、わかんない」 「きっとさ、消えたくないって思うんじゃないかな」 「まんまだね」 「他に誰かいたら止めてもらえたり、ついていけないって諦めもつくんだ。けど、最後ってそうなれないんじゃないかな」 「難しいことを言うね」  尚太は部屋で横になる。天井は子供の頃より少し色褪せた気がした。園崎さんははぐらかしたけど、そう、あれは初恋だった。俺の高校生活のなかで一番輝いた時間。忘れられない時間。彼女は三年生に上がる前に居なくなってしまった。彼女はだから、三年生のクラスのどこにもいない。尚太は葬儀の日も、その後も、彼女のことで涙を流せなかった。尚太のなかでは、あの夕焼けの河川敷のどうしようもなくキラキラした記憶が残っていて、消せなくて、なくしたくなくて、本当のことを受け入れきれなかった。このことは誰にも言えてないし。俺の変化なんて両親も気づいていないと思う。俺は彼女の命を奪った川の水を見ても、キラキラした思い出が、そのさきのことを考えさせてくれない。尚太の家はかろうじて浸水しなかったし、避難指示もとなりの区画までで、何も変わらない一日だった。でも、確かに何か変わってしまったようで、あの子以外にも何かがあったクラスメイトもいたようだった。でも、尚太には変わらない日々があって、理解ができなくて、わからなくなってしまった。その頃の友だちとも同窓会で顔を会わせるけど、そのことの話はあまりでてこない。皆今のことばかりだ。そのことを話すことがあってもなんだか他人事みたく聞こえてしまう。尚太よりも酷いことにあった子もだ。なんだか尚太だけが取り残されてしまったみたいに感じてしまう。忘れてはいけないとは思わない。けれど忘れたくない尚太がどこかにいる。潰れたくない、消えたくない自分の何かがある。尚太は長い息をはいた。 「次の休みは部屋の模様替えをしよう」  尚太はその日、久しぶりにタバコを一本だけ吸った。
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