こちら小さな探偵社

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 探しものを頼まれた。猫又が、しっぽの影をなくしたらしい。せっかくたくさん生やしたのに、と、憤慨中だ。  対価に、三丁目のパン屋さんの焼き立てパンを所望する。猫又は、影が見つかったらね、と、答えて、残っているしっぽで地面をはたきまわした。パステル三毛柄が、埃で薄くなるのもお構いなしだ。  さて、この街には水路が張り巡らされている。  水路を泳ぐ小魚たちに、猫又のしっぽの特徴を伝えて噂を集める。  空を行き交う小鳥たちは、猫又のしっぽの影には興味がない。今回は手伝ってくれなさそうだ。  さて、しばらくして、二丁目の公園でしっぽが泣いているという目撃情報が入った。公園脇の水路にすむ小魚からの情報だから、確かだろう。依頼主に告げると、慌ててしっぽを迎えに行った。  翌日、猫又がしっぽを振り回して現れた。影もしっかりとくっついて、ぶんぶんと地面を回っている。 「あぁ、影は見つかったんだね、よかった。今日は対価を持ってきてくれたのか。ありがとう」 「座って寝ていれば済むんだから、探偵なんて楽なものね」  猫又は、獲得に苦労した大人気焼き立てパンを、差し出して文句を言うが、水槽から出られない身の上としては仕方ないのだ。  猫又のように街を自由に闊歩できず、水路横の窓辺から他のひとびとに託すしか、金魚にはできない。  ふうん、と猫又は舌なめずりしそうな目で応じる。 「おいおい、恩人を味見するつもりかい?」 「そんなことしない。こっちこそありがとね、しっぽと影が泣いて泣いて干からびてしまうところだった」  ところで、と猫又は、自分のぶんのパンを食べながら言う。 「探偵助手は、必要じゃない?」 「いや、大した報酬があるわけでもないし、ひとは雇えないよ」 「なんだか、もうちょっと恩返ししてみようかと思ったの」  金魚の身の上としては、あちこち歩ける猫又の手は、借りられるとありがたい。  パンのかけらを水槽に落としてもらいながら、考える。 「そうだな、では、依頼があったときに、気が向いたら手伝ってください」 「ふふ」  猫又はしっぽを揺らして、水槽を見下ろす。  本当に、本当に食べるつもりじゃないだろうね?  探偵は少しばかり心配になりながらも、猫又と小さな約束を交わしたのだった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加