フランケンシュタインの嘘

10/52
前へ
/52ページ
次へ
2 アラスは羊毛産業で栄えた街だった。アラスのタペストリーは周辺諸国にも広く知られるほど人気で、わざわざ国境を超えてまで買いに来る好事家もいたらしい。しかし戦争が始まると、戦禍の影は牧歌的な街をも覆った。 国境も近いことがあって街自体を軍が接収し、駐屯地として利用し始めたのだ。羊毛を広く運搬するために整地された道路に目をつけたとのこと。戦争が激しさをますごとに街から人が消えていき、代わりに飼い主を失って野良になってしまった犬や猫が多かった。 アラスは前線に一番近い駐屯地で戦死者数は西部戦線のなかでもっとも多い駐屯地だった。新兵たちからは一番配属されたくない場所として恐れられ、ベテランたちからも地獄へ行くかアラスを選べと言われたら地獄を選ぶと言われたほどの激戦区だった。 アラスに派兵される新兵たちは泣き崩れたり、やけになって暴れ出したり、新兵訓練所から脱走しようとするものまで現れる。しかし、レオンがいたときの新兵たちはそんなことは起こらなかった。 レオンは周りで騒ぎが起こる中、冷静に配属先が書かれた紙を見つめ、機械的に荷造りを始めた。その姿には全く執着という雰囲気がなかった。ちょっと旅行に行ってくるくらいの感覚で荷物を詰めているレオンの姿を見た同期たちは「ブサイクで、しかも一番の激戦区に配属なのになんて潔いやつなんだ」「俺たちはブサイクのコイツよりいい思いをしている。だったら頑張らないと」とレオンを見下して勝手な感銘を受けていた。 当のレオンはそんな風評を以前にもまして全く気にしていなかった。 「俺はブサイクだ。夢はもっちゃいけない。でも、自分のできることだけはやろう」 レオンは何もかもをロクサーヌの口から放たれた『ブサイク』の一撃で心を粉々に破壊されていた。心の中は焼け野原で草木もこれから先、生えてくるのは難しい不毛の大地となっていた。顔は口ほどにものを言うとはよく言ったもので、レオンの顔はロクサーヌの一撃をもらう前と比べて土砂崩れを起こした山肌のように崩れていた。レオンは自分を一目見た訓練教官に「こいつすでに人を何人か殺してきてやがるな」と盛大な誤解をさせることに成功していた。しかし、新兵訓練所にくると厳しい環境の中でいくらか精神を持ち直すことに成功した。すると持ち前の責任感の強さが顔をのぞかせ、やれることをやろうと相変わらず前向きな努力を行っていた。 そのおかげで表向きは『新兵訓練所始まって以来の才能』と言われ、裏では『新兵訓練所始まって以来のブサイク』と呼ばれていた。訓練教官からは「あいつの顔と多岐にわたる非凡な才能は忘れることはできない」と言われていた。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加