フランケンシュタインの嘘

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レオンの顔は愛嬌のある顔とも言えるし、神さまが鼻くそをほじりながら作った顔とも言える。 整ってはいない。それだけは自他ともに認める事実だった。 重そうな一重瞼に岩みたいな厳つい輪郭、鼻は大きくて潰れ気味。頬ぼねが平均よりも張り出していて、唇が厚い。 真剣な顔をしていると怒っていると勘違いされ、楽しくて笑っていると悪巧みをしているマフィアのボスみたいだと恐れられた。誤解だということはレオンと同じ時間を過ごしていればわかることなのだが、どうしても顔のせいで人と距離を詰めるのに時間がかかった。特に思春期は男女ともに外見を意識する年齢だ。それは整った顔の男でも不細工な顔の男でも変わりはない。 自分の顔がどう見ても失敗作だと気付かされたのはレオンがまだ五歳の頃だった。 幼稚園で行われた体操の授業のときのことだった。その日の授業は男女でペアを作るところから始まった。レオンは近くにいた女の子とペアを作ろうとした。しかし、レオンとペアになるはずだった女の子が「レオンくんはブサイクだから一緒にやると笑われる。だから違う子がいい」とレオンがいる目の前で先生に言った。真面目で真剣な顔だった。彼女にとっては本当に嫌なことだったのだろう。レオンは言葉の意味までは深くわからなかったが、自分が悪口を言われていることだけはわかった。だから訳もわからないまま涙がポロポロと流れてきた。そのときの気持ちをレオンは死ぬまで忘れなかった。 先生はレオンが泣き出してしまったところを見て、その女の子のことをきつく叱った。女の子は叱られたせいで泣いてしまった。それを見たレオンは先生に「叱らないであげて」と言っていた。だって自分が不細工なのがいけないんだからとレオンは思った。 それから大人たちの視線で自分の顔が変なんだということに気がついた。両親と一緒に買い物に行くと自分の顔をじっと見てくる大人とすれ違うことが何度もあった。ラグノーとリーズは心の底からレオンのことを可愛いとか素敵と言ってくれることはわかっていた。しかし、他の人が言う可愛いとか愛嬌があるとか優しそうな顔とか言う言葉には何かを包んでいると感じていた。その何かとはあのときの女の子が言っていた『不細工』という言葉だった。 初等学校に入学すると顔をばかにしてくる同級生が何人もいた。レオンは確かに悲しいと感じていたが、以前のように泣くことはなかった。言われたり見られたりすることに慣れていたのだ。何を言われても特に気にしないようにしていたのだ。しかし、授業参観のときに事件は起こった。 算数の授業のことだった。 教師が黒板に問題を書いていって生徒に挙手を求めた。手を挙げた児童は黒板まで出てきて問題をとくという、至って普通の授業を行っていた。問題は次々と答えられていって、さくさくと授業は進んでいった。全員が黒板に出て問題を解き終わったあと、教師が少し難しい問題を黒板に書いた。それは進行しているカリキュラムの少し先の応用問題だった。大人なら簡単に出来るような問題なのだが、児童たちにとってはスフィンクスの謎かけのごとく頭を悩ませる問題だった。 「誰もとけないかなぁ?」 教師が生徒たちを煽るように冗談めかしていった。正直、わからないのなら、わからないでよかった。教師も無理矢理に出ろとは一言も言っていなかった。しかし、教室の中で元気よく声がした。 「はい!」 髪の毛がつんつんしているいかにもガキ大将といった外見の男の子が手を挙げた。 「よし! じゃあやってみろ!」 先生も生徒の威勢のいい声に答えて元気よく返事をした。 やんちゃな男の子は黒板に白いチョークで式と答えを書く。書き終わると自信満々に手を手を叩いて手についたチョークの粉を払った。 「楽勝だぜ! みんながわからねぇのが、わかんね」 やんちゃな男の子は後ろにいる両親に向かって手を振っていた。男の子の両親は苦笑いを浮かべながら手を振り返していた。 「うーん」 教師はうなった。 黒板に書かれた答えは間違っていたのだ。やんちゃな男の子の両親が苦笑いしていた理由がよくわかった。しかしここで間違いを指摘するのも吊し上げているみたいで角が立つ。教師は「他にもチャレンジしたい人いるか?」とお茶を濁した。 しかし、誰も手を挙げなかった。間違っているとわかっている児童も何人かいた。しかし、ここで間違いを指摘するとガキ大将であるやんちゃな男の子が怒って後で何をされるかが怖くてクラスの子供たちは手を挙げることができなかった。教師が困っているときに「はい」と手が挙がった。 教師は喜んで手を挙げた生徒を見た。レオンだった。 「よし、じゃあ、レオン頼んだ」 教師が内心、ホッとしている中、レオンは真剣な顔で立ち上がって黒板の前まできた。 レオンは途中までさっきのやんちゃな男の子と同じように式を書いたが、途中で変わった。そして、その答えが正しいと周りの大人たちもわかっていた。わかっていないのはやんちゃな男の子とそもそもの問題がわかっていない児童だけだった。 「他にはいないか?」 教師が声をかけると他には誰も手を挙げなかった。このときレオンは見せつけてやりたいとか両親に褒めて欲しいと思っていたわけではない。やんちゃな男の子に間違いを教えてあげたかっただけなのだ。しかし、やんちゃな男の子とは席が離れていたし、こっそり教えたくても教えられなかった。だから黒板まで出ていったのだ。 「よし、じゃあ、答え合わせだ」 教師が黒板に向かって解説をし始める。結果、当然、レオンが正解だった。レオンはみんなから拍手された。レオンは恥ずかしそうに俯いていた。しかし、そのときガタっと椅子から立ち上がった児童がいた。やんちゃな男の子だった。彼は勢いよく立ち上がると、レオンを指差してこう言った。 「ブサイクが調子乗ってんじゃねぇ! おれだって本気出せばこんな問題簡単に解けるんだからな!」 そう言って男の子は泣き出してしまった。あれだけ息巻いていたのが恥ずかしかったのだろう。 教室の中が嫌な空気になったのは誰が見ても明らかだった。 教師はやんちゃな男の子を一旦保健室まで連れていった。レオンは両親を見た。ラグノーとリーズは悲しそうな顔をしていた。レオンは自分が馬鹿にされると二人が悲しむんだとこのとき知った。二人のためにも自分が我慢するだけではだめなんだと思うようになった。それからレオンはどの分野でも馬鹿にされないようになるために勉強やスポーツに打ち込むようになった。顔は生まれつきのものでどうしようもないけど、能力は努力でどうにでもなる。その結果、レオンは出兵するまでの間に剣術や芸術、科学に哲学などどの分野でも一流の能力を身につけることに成功したのだった。 しかし、十数年に渡る努力も好きな女の子からの一言によって一撃で粉々になった。 不細工は何をやっても結局はダメなのだ。レオンは悔しさと通り越して何もかもを諦めてしまいたくなった。 ラグノーとリーズはレオンの傷心ぶりを見てとても心配していたが、レオンが原因を頑なに話さないので、何もしてやることができなかった。 廃墟のような心のままレオンは戦場へ旅立った。 レオンは新兵訓練所で半年の訓練を受けたあと、西部戦線の北方にあるアラスに配属されたのであった。
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