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役が決まって、皆がおめでとうと言ってくれた。だから私も、ありがとうと笑って返した。でも本当は、笑いたくなんてなかった。
「脇役だって大事な仕事だからね」
よくもこんなことが言えたものだ。これっぽっちも信じちゃいないくせに、我ながら素晴らしい演技力だ。
そうだ、演技力には自信がある。顔もスタイルも悪くない。歌だってできる。なのに、回ってくるのはいつも脇役ばかり。
何をするでもなく取り出したスマホの、真っ暗な画面をぼんやりと眺めた。アンニュイな表情の美人がそこに映っている。……ほら、かわいいじゃないか。なんで主役になれないんだ。
そんなの、わかってる。
わかってるんだ。所詮、わたしは田舎育ちの「地元ではかわいい」程度の女でしかなくて、都会生まれのキラキラした本物のスターには、逆立ちしたって敵いっこないってこと。
このままずっと主役がやれないなら、いっそもう諦めてしまおうか。そう考えたとき、スマホの画面に光が灯った。無様な女の顔が消えて、見知った名前が表示される。
母だ。
考えるよりも早くタップした先に表示されたのは、「どうだった?」と一言。素っ気ないメッセージだけど、それだけのことが今は無性に嬉しかった。
住み慣れてしまったアパートのバルコニーから空を見上げながら、通話ボタンを押した。
都会の夜空は灰色だ。街のネオンがあんまりにも眩しいせいで、星はひとつも見えやしない。星なんて探さなくたって目に入るものだったのに、都会に出たら、その輝きがどれだけ儚いものだったのか思い知らされた。
通話がつながる。今はただ、聞き飽きた声が恋しかった。不細工なため息を押し殺して、口を開いた。
「ああ、母さん? ……うん、元気。それで、あのね、私――」
そこから先を口にするのは、ちょっとだけためらいがあったけど。
「――もう、帰ろうかな、って」
そのときだ。夜空に何かが瞬いたような気がした。飛行機かと思ったが、違う。
あれは、星だ。
都会の夜空に星は見えない。そう思っていたのに、ちゃんと光って見えている。
母の声が聞こえる。でも、私は返事もできなかった。意識が全部、空の光に奪われてしまっていた。
星が、都会の空でも、輝いている。それも、あんなに大きく!
……いや。
いや、ちょっと待って。大きすぎる。というか、だんだん大きくなっている。いや、大きくなっているというよりも、むしろ――。
「――こっちに来てる!?」
気付いたときには、その星はもう間近に迫っていた。
「どいてくれー!」
声が聞こえる。それは、今まさに私に向かってきている星から放たれた声だった。とっさに身を屈めた私の上を何かが通過して、それから背後でぼすんと気の抜けた音がした。
おそるおそる身を起こし、振り返る。
私のベッドのど真ん中に、淡い光を放つ星型五角形が乗っていた。大きさはサッカーボールくらいで、星の形のぬいぐるみ、と言われても信じてしまいそうな見た目だ。
だけど今、こいつは空から降ってきた。
「えっ、何? 星?」
返事を期待して出した言葉じゃなかったけど、そいつは律義に返事をしてくれた。
「うん、そうだよ。僕は星さ。天球から逃げ出してきたんだ」
「て、天球って……空?」
「空の上。さっきまでそのへんにいたんだ。まあ、地上からじゃ僕のことは見えなかっただろうけど」
そう言った星は、どこか寂しそうだ。顔も無いのに、しょぼくれた表情が見えた気がした。
「ねえ、君……」
それがどうも気にかかって、声をかけようとしたそのときだった。
「見つけたぞ」
私の背後から、貫禄のある声がした。振り向いてみれば、なんと窓の外にトナカイに曳かれたソリが浮かんでいて、おじさんが一人乗っている。赤と白の服、豊かすぎる白髭、わりと恰幅の良い体格。サンタクロースだ。
サンタは、私の肩越しにじっと星を見据えていた。
「おとめ座α星Abだな。君を連れ戻しに来た」
「そ、そんな、早すぎる!」
「サンタを甘く見てもらっては困る。一晩で無数のプレゼントを配りきる我々にとって、音速の壁は障子紙よりも脆いのだ。さあ、大人しくオフシーズンの貴重な収入になってもらおうか」
「クリスマスにしか本業がないのはそっちの都合だろ! そんなのは嫌だね、僕は――」
「君の兄も、心配している」
「――ッ!」
「兄……?」
星にも、兄弟がいるのだろうか。首を傾げた私に向かって、サンタが静かに語り始めた。
「おとめ座α星――またの名を『スピカ』。それは、二つの星が互いの周囲を回り合う双子星。こいつはその片割れ、従星なのだが……持ち場を離れ、勝手に地上へと降りたのだ」
「……僕は、戻らない」絞り出すような声だった。「四等星の僕と違って、兄さんは立派な一等星なんだ。僕なんかいなくたって、スピカの明るさは変わらない。誰も気付きやしないさ!」
「なら、君はどうする」
よく聞いてみれば、連れ戻しに来たというわりには、サンタの声色は穏やかだった。
「僕は……僕は別の空に行く。兄さんのおまけじゃない、僕だけの光で、夜空に輝いてみせる! だって、今の『スピカ』のままじゃ……誰も僕のことを見てくれない……」
星は、ちかちかと明滅を繰り返していた。それは、きっと感情の高ぶりによるものに違いなかった。強く輝く兄。すぐそばにいる自分は、その輝きに比べたらとてもちっぽけで――。
(――同じだ)
他人事とは思えなかった。私も、ずっと舞台の上で、自分よりもはるかに強く光り輝くスター達の姿を間近に見てきたから。
「もっと、自分を見てほしい」
気付けば、二人の間に割り込んでいた。
「自分だって、もっと輝けるってことを知ってほしい。そう思うことは、間違いじゃないと思います」
「お姉さん……」
「君は……」
「誰も見てくれない場所から、誰かが見てくれる場所へ。そう願ったっていいじゃないですか」
「誰も見ていないなら、そうだろうな」
サンタの豊かな口髭が、少しだけ持ち上がった。
「天体望遠鏡を使えば、スピカの主星と従星の判別もできる。ちゃんと君を見て、君を知っている人がいる。……そこのお嬢さんだって、今まさに君の存在を知ったのだ」
「あ……」
「従星は決して目立つ存在ではない。舞台の上の脇役と同じだ」
あまりにもタイミングのいい例え話を聞いて、私はぎょっとしてサンタを凝視してしまった。でもそれ以上に驚いたのは、そんな私に向かってサンタがウィンクしたことだ。
「だが、脇役がいなければ舞台が成り立たないように、従星がいなければ、双子星の複雑な輝きも表現できない」
「でも、そんなこと言ったって」
「スピカという星はな、地上では、変光星として有名なのだ」
「……変光星?」
「時と共に輝きを変える星。その理由は様々なれど……スピカの場合は、その従星の存在による。そこに着目して、熱心な観察を続けている者もいるのだぞ」
星は、いつの間にか少しだけ傾いていた。たぶん、うつむいていたのだと思う。
「さて、お嬢さん」
「は、はいっ」
なぜか、サンタが私にも声をかけてきた。
「脇役の重要性などは、言われるまでもなくわかっていると思うが……ならばこそ、その脇役に注目する人達がいることも、たまには思い出してほしい」
「ぁ……」
「そして、できれば……そんな空の脇役であるおとめ座α星Abのことも、覚えていてほしい」
私は、小さく頷いた。
「良かったな。また一人ファンが増えたぞ」
サンタが笑いかけると、星は小さく震えた。
光の明滅は、もう、収まっていた。
「……あの、さ」
「うん?」
「兄さん、そんなに心配してた?」
小さな声で投げられた星の問いかけに、サンタは、ホゥホゥホゥと陽気な声を上げた。
「今回の仕事の発注元は、おとめ座α星Aaだったよ」

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