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「騒がせてすまなかったね、お嬢さん」
サンタが手綱を握った。彼の隣には、星が入った白い袋がある。
「いえ。こちらこそ、その……ありがとうございました」
「礼を言われるようなことをした覚えはないが……どういたしまして、とだけ言っておこう」
それから、音もなく滑るようにソリが動き出して、あっと言う間もなく飛び去ってしまった。
季節外れのサンタと、空から降ってきた星。不思議な来訪者たちがいなくなると、住み慣れたアパートはすっかりいつも通りだ。足跡一つ、どこにも残ってはいない。もしかしたら、今のは私が見ていた夢だったのかもしれない。……それでも、ひとつ確かなことがあった。
あの空の向こうには、いつも星が輝いているということ。地上が明るすぎるから、ここからじゃちっとも見えやしないけど、いなくなったわけじゃない。
「……星座の本、買いに行こうかな」
スピカがどこにあるのか、私はそれすらも知らなかった。ああ、でも、まずはその前に。
「母さん? うん、さっきはごめんね、急に切れちゃって」
切れていた通話をつなぎなおすと、母の声には心配の色が滲み出ていた。一方の私は、たぶん、さっきよりも明るい声になっているはずだ。
「それでさ、帰るって言ったけど……やっぱり、もうちょっと頑張ってみてもいいかな」
目立たないところでも、精一杯輝いているやつがいる。一等星のすぐそばにいる四等星に比べたら、舞台の脇役なんて目立ちすぎるくらいだ。
脇役だって、見てくれている人がいる大事な仕事だ。今ならきっと、心からそう言える。どれくらいかかるかわからないけど、脇役でも頑張って、頑張って……きっといつか、あの空の向こうに名前が届くくらいになってやる。
(だから、君も頑張りなよ)
見上げた都会の夜空には、星なんて見えやしなかった。
けど、私は知っている。その向こう側で、精一杯輝いているやつらがいることを。
五月の末、東京の夜。おとめ座が南の空に見えることを私が知るのは、もう少しだけ、後の話だ。

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