近しき訪問者

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「でも、大丈夫なのか? 急に外に出て」  泰雅の顔が急に曇った。 「まあ、大丈夫じゃないのかな? 昔と違ってずいぶんと耐性も出来たしね。どうしてもダメなときはすぐに帰ってくればいいことだし、自分の会社が危うい雰囲気だったりしたら、それこそ考えないとね」  さっきのお返しとばかりに少しの皮肉も込めながら、問題ないと羽琉矢は軽く肩をすくめて笑って見せた。  人間はみな善悪の心を持っている。多少の差はあれ、誰でも表と裏の二つの顔を持っている。  同情しているふりをして心の中では嘲笑うことも、同僚の成功を喜ぶ影で非難中傷も平気でやってのける。きれい事だけで人間は作られていない。  もちろん、そうした人間ばかりではないこともわかっている。全ての人間に影響されるわけではない。ほんの一握りだ。   だが、普通の人間より鋭敏に他人の感情を感じ取ってしまう羽琉矢には、負の感情に触れることはとても苦痛なことだった。  今では人間はそういうものだと割り切ることもできるようになったが、それでも、御曹司でありながら一人暮らしをしているのは、人とは極力一線を画しておきたいとの表れでもあった。  会社へ足を運ばないのもそうした理由からだ。出社せずとも経営に支障をきたさなければ、それが彼にとっては一番都合のよいことだった。  泰雅もそうした性質を持っている。羽琉矢ほど諸に影響を受けたりはしないが、共に同じものを持っているからこそ、つかず離れず一緒にいられるのだ。 「無理しないように、無理しろよ」 「泰雅って容赦ないね。うちに来てもらうのは考え直そうかな。凄くこき使われそう」 「どっちがだよ。俺は雇われる身だからな。弱い立場だから、程々にしてくれよ」 「じゃあ、お互いさまに程々にってことだね。覚えていたらね」  羽琉矢がにっこりと笑って一言つけ足した。  その笑顔と一言が曲者だ。  覚えていたら……って。覚えていても何食わぬ顔で反故にされそうだし。その天使のような微笑みで、こき使われるさまが容易く想像できて、泰雅は軽い眩暈を感じた。
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