誘いの果実Ⅰ

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 一人っ子の結愛は両親から愛情いっぱいに育てられた。     大学進学も地元でと父親は切望していたが、一度親元を離れ自立してみたいと思ったのだ。  両親のそばは幸せで何の苦労をすることもない。一人娘だから嫁ぐこともないだろう。婿養子を取るということは、両親から聞かされていることだ。  進学先を考えているうちに思ったことは、今後家を出る機会はほとんどないということだった。ぬくぬくとした生活は楽かもしれないが、一度だけでいいから、自活というものをしてみたかった。  大学を決め、両親に話した時、父親は反対したが、母親はあっさりと賛成してくれた。 『一人暮らしもいい経験になるわよ。一人っ子だし、結愛を甘やかして育てちゃったかもしれないから、いろいろと勉強をしてくるといいわ。ただし、学生らしく節度は守ってね。あなたは女の子なんだから、ちゃんと自覚を持たないとだめよ。それから、卒業したら家に帰ってくること。それを守るのであれば許可するわ』  父親の反対も虚しく、母親の一言で親離れが決まったのだった。  これからの四年間は、一生のうちで忘れられない思い出になるかもしれない。友達も作って、勉強も一生懸命頑張って、資格を取って、有意義な大学生活を送る。これが目標だった。  知る者のいない初めての一人暮らし。不安はいっぱいだったが、自分で決めたこと。何もかもこれからだった。 「今年は無理でも、来年は友達とお花見したいな」  きっと楽しいはず。自らを奮い立たせるように、もう一度桜を仰ぎ見た。桜の花びらが春の風に靡いて、その様子が自分を応援してくれているような感じがして、自然と笑みがこぼれた。  遊歩道から外れた道に入ると、目的のスーパーまであと少しだった。  長い塀が続く道を歩いていると、どこからかいい香りが漂ってくる。何かしらの果実を思わせるような甘い芳しい香り。結愛は思わず足を止めて、くんくんと鼻を嗅いで、その香りの出所を探した。 「どこからだろう? とても美味しそうな甘い匂い。果物? それとも花?」  香りの正体を見てみたい。  ほんの少しの好奇心……  これが結愛の運命を変える出来事になるとは、この時は夢にも思わなかった。
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