近しき訪問者

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「羽琉矢。いるかー」  気さくな調子で声をかけると、主を待たずにズカズカと家の中に入っていく。  勝手知ったる体で真っ先にキッチンへと向かう。 「あれ? 鈴木(すずき)さんはいないのか」  誰もいないキッチンを見渡しながら、通いの家政婦の名を口にする。時々訪れる泰雅は、すっかり顔なじみになっていた。  キッチンに入ると、いつものようにコーヒーの準備をする。  手動式のミルを取り出して豆を挽く。手間暇はかかるが、これだけは誰にも譲れない。泰雅の趣味でもあり、楽しみの一つでもあった。自分好みの豆も置いている。  ガリガリと豆を挽いて、お湯を沸かし、粉になった豆をドリップする。  コーヒーの薫香が燻らせた煙のように、部屋の中をたゆたう。湯気が立ち上りコポコポと緩やかな音を立てて、コーヒーがサーバーへと落ちていく。  その様子を泰雅はゆったりと眺めていた。セピア色のまったりとした至福の時間が流れていく。この瞬間が好きだった。  カップにつぎわける頃に、ガチャリとドアが開いた。  ここの主、綴木羽琉矢(つづきはるや)が顔を出したのだ。  いつもながらの絶妙なタイミング。  泰雅は心の中でヒューと口笛を吹く。まるで時間を図っていたかのようだ。これは毎回のことで、早くても遅くてもこのタイミングは外さない。  二人は従兄弟同士で年も近く、性質が似てるせいか仲が良かった。  といっても、泰雅が一方的に押しかけているようなものだが、拒絶されたことは一度もないから、受け入れてもらっているのだろう。  キッチンはダイニング兼用になっている。  六人掛けのテーブルの所定の位置に和服姿の羽琉矢が座った。小さい頃から着慣れているせいか、その姿が落ち着くらしい。  泰雅には着物は窮屈この上ない。長袖のTシャツの上に厚手のシャツ、ジーンズ姿だ。  羽琉矢にコーヒーを差し出すと、泰雅も座った。  まずは香りを楽しんで、それからコーヒーを一口飲んだ。今日もなかなかの出来、美味しい仕上がりだ。自分で満足するとカップを置いて、真向かいに座っている羽琉矢に目を向けた。  アーモンド形の大きな瞳とすっとした鼻筋、赤みを少し付け足したような唇。卵形の曲線が優美な顔立ちを引き立てていた。  二十四歳の成人男性であるが、顔はまだ十七、八歳、よくて二十歳そこそこにしか見えない。いわゆる童顔。  泰雅は今年大学四年生。三歳年下だが、横に並ぶと泰雅の方が年上に見えた。 「この前、垣下(かきした)さんに会ったけど、羽琉矢が来ないって心配していたぞ。今年に入ってから一度も顔を見ていないって、たまには行ってやれよ」  コーヒーを飲んで一息ついた後、泰雅が非難めいた声で言った。  本家の嫡男であっても、幼馴染みの気安さから言葉遣いはぞんざいだった。一族の中には彼の態度に眉を顰める者もいるが、当の羽琉矢は気にする様子もない。
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