近しき訪問者

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 垣下の様子から忙しさのピークだということは見て取れたし、いつもは言わない羽琉矢への不満を愚痴ったところを見ると、彼も相当ストレスが溜まっているのだろう。  優雅にコーヒーを飲んでいる羽琉矢を見ていたら、社内の喧騒とのかなりの違いもあって、つい説教じみたことを言ってしまったのだ。  今年に入って会社に一度も顔を見せていないのなら、この屋敷からも一歩も出ていない可能性の方が高い。泰雅は不安になってきた。 「無理強いするつもりはないけどな。お前の事情だって理解しているし、代表不在でも、社長もいるし、会社がうまくいっていればそれはそれでOK、なんだろうから、学生の俺が口を出すことではないし」 「あれ、急に弱気になったね。さっきの剣幕はどこへいったの? もう少しだったのに、そんなんじゃ、僕を説得させられないよ。いいの?」  お見通しか。  帰り際に垣下から決裁も溜まっているから、社に顔を出すように言ってくれと鬼の形相で頼まれたのだ。  羽琉矢も昨日今日代表になったわけではない。会社の事情もよくわかっているはずだ。この時期、垣下が何を考え、どんな状況にいるのかも。  人の心に聡い羽琉矢であればなおのこと、よくわかっているだろう。 「いいさ。お前が一筋縄ではいかない、厄介なやつだということは知っているし、人の言うことを聞かない自己中なやつだということもね」 「ずいぶんな言われよう。こんなに素直なのに」  羽琉矢は心外とばかりに口を尖らせた。拗ねたような表情をする時は一段と子供っぽく見える。とても成人男性には見えない。  外見ばかりにとらわれ侮ったばかりに、倒産の憂き目にあった会社がいくつかある。それを知っている者達からは、猫の毛皮を被った狡猾な虎だと恐れられている。 「自分にだろ?」  泰雅が間髪入れず言葉を発した。本当のことだ。 「そうだね、それについて否定はしない。そろそろ暖かくなってきたからね。冬眠も終わりかな? 確かに垣下にばかり押し付けてはかわいそうだね。近いうちに行ってみるよ」 「ああ、そうしてくれ」  羽琉矢から、承諾の言葉を引き出した泰雅は胸をなでおろした。
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