傘をささない男

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「でも、何も持っていないじゃないですか」 「それはあくまでも今の話だろう」 「じゃあ、これから何か運んだりする予定なんですか?」  カイトの質問を、男は鼻で笑う。 「何故私が何かを運ばなければならないんだ?」 「だって、両手が塞がったら困るって……」 「塞がるだろうと言っただけで、困るとは言っていない」  カイトはため息をつきたくなるのを堪えた。成り立っているようで成り立っていない会話と、親切で傘をさしたというのに、礼も無いどころか、ずっと小馬鹿にされていることに腹が立つ。  カイトが何か言い返そうと口を開きかけると、バスが来た。男は諦めたような、疲れたような目で、近づいてくるバスを眺めている。  バスはふたりの前で停車すると、間の抜けた音を出しながらドアを開けた。 (ようやくこの男から離れられる……)  安堵の息を吐いて傘を折りたたみ、バスに乗り込もうと足を伸ばす。 「このバスは、死者の国には行けないようだ……」 「え?」  男の寂しげな声に振り返るも、彼はすでに背を向けていた。 「お客さん、乗るならはやく乗って」 「あ、はい。すいません……」  年配の運転手に急かされ、カイトは急いでバスに乗り込む。窓際の席に座って外を見るも、男は既に、闇夜に溶けていた。
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