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母子感染の有無を調べる過程で偶然分かったことなんだけどね、と、岡ノ谷さんが彼の説明を補足した。
感染したら妊娠しなくなる。
赤ちゃんができないのはもちろん悲しいし、大変なことだとは思う。だけどなんだか、変な感じがする。
「感染した人が子どもを産んで、HIVみたいに母子感染した方が、ウィルスには都合がいいんじゃないんですか?」
そう聞いた私に、深瀬さんは初めて、にやりと笑った。
「君はなかなか頭が良いね」
こんな状況でも、褒められるとちょっと嬉しい気持ちになる。でも、続いた深瀬さんの話は、浮上しかけた私の心を沈めるほど、重かった。
「僕は、ポイズンバタフライは人為的に創られたウィルスだと思っている。だからそこには、感染拡大というウィルスの目的とは別に、それを創造した誰かの目的が存在するはずなんだ」
「ちょっと……よく分かりません」
「つまり、ポイズンバタフライウィルスは世界人口抑制のために、誰かがーー」
「深瀬君!」
前のめりになって話していた彼の袖を、岡ノ谷さんが引いた。
「その話、二條さんには関係ないから」
鋭い口調に、周りのテーブルからの視線が集まる。急に息苦しくなって、私はうつむいた。
「あの、私……ごめんなさい。今、世界のこととか……考えられないです」
自分のことだけでいっぱいいっぱい。恥ずかしいけど、それが正直な現状。キャパオーバーを告白した私に、深瀬さんが短く「ごめん」と謝った。
「それでいいの、大丈夫よ。お願いだから二條さんは、自分のことだけ考えて」
岡ノ谷さんは真面目な顔でそう言い、暗い雰囲気を散らすみたいに手をぱたぱた振った。
「あんまり無視され続けるもんだから、裏側に何があるんだろうって、つい余計なこと考えちゃうのよね」
きっと二人は今日までに、いろんな経験をしてきたんだろう。深瀬さんが、吸っていない煙草の煙を吐くみたいに、顔を横向けて長い息を吐いた。
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