1. 惑わす翅

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1. 惑わす翅

「別れて」  初めての彼女に振られた。たった二ヶ月で。びっくりした俺が返せたのは、たった三文字。 「なんで?」  あまりにも突然で、カッコいいことなんか言えなかった。二條(にじょう)は肩にかかる髪を揺らして、情けない俺から目を逸らした。 「ほかに好きな人、できたから」  そんなことがあって、ちょっとだけ泣いて眠った翌日の放課後。俺は屋上で、なぜか「元彼女」になったはずの二條にのしかかられていた。 「ねぇ遠藤、まだ私のこと好きだよね?」  夕方の屋上には、いろんな音がしていた。グラウンドで練習する運動部の声。吹奏楽部の練習音。  仰向けになった上半身を支える肘が、ザリ、とコンクリートを擦る。少し傾いた太陽を背負った彼女は、俺を上から覗き込んだ。 「昨日は変なこと言ってごめんね。怒ってる?」  怒ってはいない。けど、わけが分からない。この体勢、ごめんねって言う時のそれじゃないと思うんだけど。  俺は昼間の陽光に温められた床に腰までをつけ、腹にまたがる二條を見つめた。  紺色のスカートが、俺の上で円錐形に広がってる。つまり、制服のシャツ越しに俺の腹に密着してるのは、彼女の下着と、太ももだ。なんて、意識したらもう、気になってしょうがない。  二條はバクバクしてる心臓を確かめるみたいに俺の胸に手を置いて、目を細めた。 「別れたいなんて、嘘だよ? 遠藤に『いやだ』って言ってほしかっただけなの」  撫でられたシャツが、サワサワと音を立てる。その下で血液を下半身に送り込もうと二倍速で働く心臓の音は、二條にも聞こえてるのかな。 「怒ってない?」  心配そうに眉を寄せる彼女がいつになく扇情的で、俺はただこくこくと頭を揺らした。
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