29人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
「よかった!」
桃色の唇が弓形にしなって、二條の頬にえくぼが浮かぶ。
うわ、かわいい。
そう思った瞬間、彼女は俺の背中に腕を回して抱きついた。風になびく髪からいい匂いがする。押し付けられた胸の柔らかさに、鼓動が四倍速になった。
でも……誰か来たらヤバイだろこれ!?
緊張と興奮で口の中がからからに乾く。何も言えない俺に、少し体を離した二條がにっこり笑って、ゆっくりと目を伏せた。至近距離から顔を近づけてくる彼女に、ドキドキしながら目を閉じる。
三、二、一……あれ?
触れ合わない唇。不思議に思って薄目を開けると、二條は俺の顔の十センチ手前で、びっくりした顔で固まっていた。もしかして時間が止まってるんじゃ、そう思った瞬間。
パァーーッ
秋の空に、トランペットの高音が鳴り響いた。
二條はビクッとして、キョロキョロと周りを見ている。音はたぶん、窓を開けた教室からだ。誰もいない屋上で、自分の下で横になってる俺に目をまん丸にした彼女は、そこから飛び退いた。
「二條……?」
彼女は顎を引いて、口をへの字に結んでいる。屋上を吹き抜ける風に、スカートがはためく。さらさらの髪が揺れてる。見上げる俺には、くしゃくしゃに歪んだ彼女の顔がよく見えた。二條はその顔を両手で覆い、上履きの踵を返して走り去った。
泣いてた……
置き去りにされた屋上で、俺は仰向けに倒れたまま、色を変えていく空を見ていた。
最初のコメントを投稿しよう!