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秘すれば花16(終わり)
どのくらい眠ったのか、薫が目を開けたら島崎の腕の中だった。長いあいだ片想いをしていた人に抱かれて目覚める日が来ようとは……。
「夢みたい…………」
腰の痛みと下半身の鈍い疼きが昨夜のできごとが夢ではないことを物語っていた。それに痛いほど吸われた身体中にキスマークの赤い花が咲いている。
「夢じゃないよ」
「島崎さん……」
自分を優しく見つめる瞳に驚き、またいつもの呼び方に戻ってしまった。薫の髪をすくようにしていた塁が何かに気づく。
「花の香りがする」
明け方島崎に風呂で体を洗われたが、毎日花に囲まれて染み込んでいるのかもしれない。
「お前の香りだ。外にいても、花の香りがすると安心する」
まだ先の見えないリハビリ。チームが勝っても負けても、自分がいれば……と苛立ち焦る気持ち。そんな時にどこからか漂う花の香りに癒されると言う。
「薫が見てくれると思うだけで俺は頑張れるんだ」
「僕……、島崎さんのこと好きでいてもいいんですか?」
涙を浮かべた薫をぎゅっと抱きしめた。
「一生好きでいてくれないと困る。もうお前なしでは生きられないから」
まだやっぱり夢を見ているのかもしれない。そう思っていたら、抱きしめられて当たっている島崎の下腹部に力が漲ている。
「えっ?あの、まさか…………?」
「うん、いや?」
「一日に二回もするんですか?あんなすごいの!」
本当に薫は自分を煽るのが上手いと思う。ただ彼にはまだ知らないことが多くて教えがいがあるとも言える。
「お望みなら二回でも三回でも、もっと本気のやつをね」
「…………一回だけなら。ソフトなのでお願いします」
おっ、と体を起こすと、その前に仕事のメールのチェックだけしたいと言う。仕事人間の恋人に肩を落としたその時、塁の電話が鳴り出した。
「ごめんなさい、僕です。手が当たっちゃって」
ああと何気なく薫のスマホを見たら画面の名前が見えた。
「それ……俺?」
「あっ、そうです。初めは『ひまわり』にしようと思ったんですけど、取引先の施設に幾つかあって紛れちゃいそうで」
ホテルの石田に言われてから、島崎とわからないように名前を変えていた。
「『サンフラワー』向日葵です」
「俺が向日葵ならお前は太陽だな、向日葵は太陽の方をいつも向くんだろ?」
花に詳しくない塁もそれくらいは知っている。実際はそれほど動かないとも言うが、太陽が大好きな花には違いない。
「僕が島崎さんの太陽なんて、おそれ多いです」
「苦しい時にお前がいてくれたからここまでこられた。手術にもリハビリにも耐えられてるんだ。ありがとう、俺は何も返せないけど」
「そんな、僕こそ高校の時の島崎さんの言葉で今の仕事が出来てるんです。ありがとうございました」
そして塁の方に手を伸ばす。
「腕に触ってもいいですか?」
「え?……ああ、いいけど」
入浴の時にサポーターを外したままになっていた腕には、手術の痛々しい傷がある。そっと両手で包み、薫は傷あとにキスをした。
「……薫?」
「大好きな塁さんがリハビリ頑張れますように。僕は塁さんのことだけ見ていますから」
「あなただけを見つめる」それはひまわりの花言葉だ。
見上げた薫の顔にゆっくりと島崎が近づいてくる。
「二回戦、していい?」
返事をするかわりに目を閉じた。
二年後、一軍に復活した島崎は、以前にも増してストレートの速球に磨きがかかり、チームのリーグ優勝に貢献した。
そう頻繁には会えないが、仕事が連休の時は薫が会いに行き、オフの日には実家に帰るのを名目に塁が会いに来る。
「ふ……、んん」
「ほら後ろもちゃんとして。もう少し顔を上げて薫」
「……塁さ……ん。も……やだ。一人じゃいやです」
何気なくきのう石田と食事に行ったと薫が言うと、他の男と勝手に出かけたお仕置きに一人でしろと言われた。アパートの布団の上で一糸まとわぬ姿でするところを目の前の塁に見られている。色々されてきたが恥ずかし過ぎてもう無理だ。
「ごめん、ヤキモチ妬いた。おいで」
そう言って薫を引き寄せ、体の上に座らせ後ろから抱きしめる。
「兄貴が結婚するって。幼馴染みで同じ商店街の人。長い間つき合ってて、うちのクリーニング屋も手伝ってくれてたんだ。もうお腹に赤ん坊がいる」
「おめでとうございます」
「うん、おめでたい流れで、うちの家族にお前のこと紹介しておきたいんだけど」
「……えっ?」
振り向いて塁を見上げる。
「いやか?」
「いえ、嬉しいです。……でもそれ今言うことですか?こんな格好の時に」
下着姿の島崎と全裸の薫。
「ん?あ、そうか。じゃあ俺の挿れないとイケないみたいだから、話は後だな」
「……そんな体にしたのは島崎さんでしょ?」
「そうだな。それにお前じゃないと俺もイケない」
お互いの唇を貪りあって、抱きしめ合って何度も愛し合った。
初めて二人が言葉を交わして十年近くたつ。不思議な巡り合わせで再会して、お互いがかけがえのない相手になった。
いつも一緒にいられはしないが、大好きな人から愛されて、大好きな花に囲まれて仕事ができる。口は悪いが尊敬できる上司と、明るい仲間や仕事先の優しい人たち。自分を認め、努力していけば夢は叶うと教えてくれた。
目を覚ました塁が薫を見て微笑む。その大きな花が開いたような微笑に、薫もつられて笑顔になる。
恋も仕事も、薫の中で大輪の花を咲かせた。
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