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秘すれば花11
七階のエレベーターのドアが開き、島崎は飛び出すようにして廊下に出た。到着音に振り向いた薫が見たのは自分に駆け寄る島崎の姿だ。
「島崎さん……?」
いきなり大きな体に抱きすくめられた。小柄な薫は腕の中にすっぽり入ってしまう。
「ごめん、俺のせいで。下の受付のあいつに脅されたんだろ、金がないならって無理やり抱かれたのか?」
「えっ?」
「お前が好きだ。お前と別れるのなんて無理だ。何があっても一生離したくない」
抱かれた薫は苦しいし、島崎の言うことが理解出来ない。
「え……と。よくわからないけど、僕も島崎さんのこと好きです。一生離れたくありません」
宥めるように言われて、腕の中の薫を見た。逆に薫は不思議そうに島崎を見上げる。
「下のって、フロントの石田さんのことですか?」
「ああ、あいつに俺たちのことバラすって言われたんだろ?」
「……つき合ってることは知られましたけど、携帯の島崎さんの名前を変えといた方がいいよって言われたくらいです」
「じゃあ、金出せとか、貸してとかは?」
「ええ?……前に小銭がないからコーヒー代を貸してってことはあったけど。僕のこと可愛いとか仕事が出来るって誉めるから、『おだてなくてもコーヒーくらいおごりますよ』って。でも次に会った時に返してもらいました。それが何か?」
「ああー、くそっ。やられた!」
自分が一杯食わされたことに気づいた。
「石田さんいい人ですよ」
「ああ、相当いい人みたいだな」
彼は憎まれ役を買ってまで塁の本音を聞き出した。自分の決心や、薫の相手に相応しいかを見定められたようで悔しい。
「優しくて、お兄さんみたいです」
それ以上の気持ちがあるだろうことは、自分の胸に納めておく。騙されたことへの怒りも湧いたが、薫が無事なことにほっとした。締めていた手が緩むと、今度はその大きな背中に薫が手を回した。
「僕のこと心配してくれたんですね、確かにそんな人もいるでしょうからこれからは気をつけます。でも…………僕が抱かれるのは島崎さんだけです」
そう言って、顔を埋めてきた。その顔を島崎に優しく撫でられる。
「や、ダメです!仕事中……」
「煽ったお前が悪い」
大きな手で両頬を持たれては、逃げようもなく深いキスをされた。ひと月半も会えなかった薫も嫌なわけがない。見よう見まねで自分も島崎の舌に絡める。夢中で口づけるうちにいつの間にか鼻で息をしていた。涎があごに伝うほどこぼれて、やっと唇が離れていく。
「ごめん、我慢できなかった」
「……僕こそいつも上手に出来なくて」
口の回りを手でぬぐって、エプロンの端を握る。
「ううん、すごく嬉しい。俺、連絡とれないから薫に嫌われたと思ってた」
「ごめんなさい。でも……」
「ん?」
「リハビリに集中して欲しかったから。島崎さんの、大事な人の大好きな仕事を邪魔したらいけないって思ったから」
「あ…………」
考えることは同じなのに、思いをぶつける自分と見守ろうとする薫。もう完敗だと笑うしかない。
「大好きだよ」
「僕も大好きです」
薫を抱え上げようとしたら小さく抗う。
「だめです、腕が」
ギプスは取れたが、まだ無理をしないでと言う。
「屈む方が疲れる。お前なんて片手で十分だよ」
「バカにしてるでしょ……」
拗ねたように口を尖らせる。
「してないよ」
これ以上かわいい恋人の機嫌を損ねないように、屈んでその唇をついばんだ。
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