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秘すれば花12
「え、野球の島崎選手じゃん、何で桜井といんの?」
先にロビーの花を生け終わった沢木が、降りてきた二人を見て驚く。
「高校の先輩なんです。こちら沢木先生」
紹介された島崎が頭を下げる。
「いつも薫がお世話になってます」
あっ、と言って真っ赤になった薫が下を向いた。
「ふうーん、なるほどね。最近ぼんやりしたかと思ったら、急に張り切ったり。妙に色気づいた花作ると思ってたらこいつのせいか」
「沢木、相変わらず言葉遣いが悪い」
「メディアに出る時はキャラ作って喋ってるぞ。松井さんうるせーから」
塁は見た目とギャップのありすぎる口調に驚いた。そして横から沢木をたしなめる男性の持っている杖に目を落とす。
「足がお悪いんですか?あ、すみません初対面で」
いいえと手を振る。
「子供のころケガで。島崎選手こそ手術されたそうで、リハビリ大変でしょう。……杖はなくても歩けるんですが、あった方が楽なので」
さすがに島崎ほど大柄ではないが、長身の穏和な男性が笑う。
「高校の時は仕込み杖だって噂されてたけどな」
沢木がちゃちゃを入れる。
「ここの総支配人の鳳修さんです。石田さんと三人は高校の同学年だそうです」
「ぷっ、総支配人!そんで石田が支配人。他の従業員見たことねーぞ」
「それはお前が来るのが遅いからだろう」
鳳の言葉に沢木はムキになる。
「忙しいんだよ、シュウが生けに来いって言うから来てやってるのに」
「昔の話だ。お前が会いたい時に来たらいい」
島崎はおやっと思う。「おさむ」と紹介されたのに「シュウ」と呼んでいる。
「お二人は恋人同士なんですか?」
「な、何言ってるんですか島崎さんっ!」
慌てて薫が間に入る。
「いや、だって会話を聞いてたらなんとなく。それにお揃いの念珠のブレスレット着けてるし」
「えっ、えっ、え───!ペア?鎖って、手錠って、ああ───」
薫が腰を抜かさんばかりに驚いて、島崎にしがみつく。
「沢木、手錠って何のことだ」
薫の言葉に温厚なはずの鳳がじろりと睨んでくる。
「いや……何でもない。さすがに鈍い桜井も気づいてると思ってた」
少々焦りながら答える。
「そんなわけないだろ、桜井くんは恋愛ごとには疎いんだから」
お前だって自分のことには鈍いくせに、と客室から戻った石田が会話に加わった。
「お、ラスボス登場。またひと睨みでクレーム処理したか?」
「人聞きが悪い。誠意を持って対応しております。先程はどうも、島崎さん」
「さっきは失礼しました。こっちの問題も無事解決したので、ご心配なく」
「それはよかった」
満面の笑みを塁に向ける。
「何の話?こいつ昔この辺りの総番長やってたから気をつけろよ。俺も昔ヤられそうになった」
どうりで締め上げてもこたえないわけだと納得する。
「え、そうなんですか?今はこんなに優しくていい人なのに」
薫は目を丸くして驚いた。
「大変だねえ、島崎さん」
石田は心の底から同情した。
「ええ、でもこれからは俺が薫を支えていきます」
照れくさそうな薫を見て言う。
「こいつは支えられるほど弱くねーけどな」
「そうですね」
毎日近くで薫を見ている沢木の言葉に大きく頷いた。
花はそんなに弱くない、自分で咲こうとする。──初めて会ったあの日、薫が言った言葉を思い出していた。
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