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秘すれば花2
──四日前──
「桜井、これ短すぎる。使えない」
午後のアレンジメント教室用の枝を切っていた薫は、店長の沢木光春から注意されハッとする。気がつくと生徒が枝払いの練習をするためのドウダンツツジは人数の半分ほどすでに切り揃えられ、スプレーマムとカーネーションは花先十センチで切り落としてしまっていた。
「あっ!すみません。いま下から花持ってきます」
「花屋だからって有り余ってる訳じゃないからな、それに他のことを考えながら切られちゃ花がかわいそうだ」
「はい……」
(花が好きで始めたこの仕事なのに、あの人のことが頭から離れない……)
薫は高校時代の憧れの先輩でプロ野球選手の島崎塁と交際することになった。彼の手術も心配で、ここ数日は地に足がつかない状況だ。
(でも「退院したら抱かせて」とは言われたけど、つきあってって言われた訳じゃないし……)
また思考が塁のことになり、頭を振ってビルの一階の店舗横の倉庫に花を取りに降りた。
薫は高校の夏休み、テレビの生放送で華道家が花を生けるところを初めて見た。きれいな顔立ちの男性が、大きな花瓶に桜や梅の枝や色とりどりの花をさしていく。踊るように優雅に見えるのに闘う如く勇ましくもある。彼は無機質な花瓶を生き物のような花で埋め尽くした。華やかなのにどこか寂しげなのは、その学校が廃校になる最後のイベントだったからだ。
それがまだ当時二十代の沢木光春で、日本中に名を知られていながら地元で花屋を営む人だと知った。調べてみると薫の家から電車で一時間半のところだ。フラワーアレンジメント教室を何度も申し込み、キャンセル待ちで受講して、その日のうちに弟子入り志願した。
『弟子とか、とってないんだ。また習いにおいでよ』
そう笑顔で返す沢木に薫は食い下がった。
『この講座すごく人気で、今日もやっと受講できたんです。それに僕お小遣いそんなにないし……』
彼が講師を務めるフラワーアレンジメントの講座は受講料も安くはない。
『何で弟子なの?バイトじゃなくて』
薫はうつむいて小さく答えた。
『……僕なんか、お金もらうほど役に立たないの、わかってますから』
一応は薫に客である対応をしていた沢木が腕組みをして見据える。
『自分なんかって奴に、俺も教えたくないね』
『えっ』
その口調の変化に薫は驚いた。周りのスタッフはまたかと言う顔をしている。
『お前、花が好きなんだろ?その熱意を伝えろよ。そんなんじゃ掴めるチャンスも掴めないぜ。俺に教えとかないと損しますよ、くらいの気持ちで来いよ』
(そんなこと言えない。でも今がこの人に教わる最初で最後のチャンスかもしれない……)
薫は思いの丈を伝えた。
『テレビで見た先生のパフォーマンスに憧れました。僕もあんな風に花を生けたいです!』
沢木はおっという表情を浮かべる。
『ああ、学校の体育館でやったやつか。校庭の木や花を使ったんだ』
『はい。すごく豪快に生けててもっと大きい人かと思ってたら、今日お会いしたらそうでもなくて安心しました』
『一七五はあるわっ!中坊に言われたくない』
いや、5センチはサバをよんでいる。この人も身長にコンプレックスがある人なのだろう。自分からしたら背が高くて羨ましいのにと薫は思う。きれいで小柄(?)なことが嫌で虚勢を張ったしゃべり方をしているのかもしれない。ただ、一応は間違いを訂正しておく。
『高校一年です。子供の頃に病気して、伸びなかったんです』
『あーそうか、悪かったな』
『大丈夫です、この間は小学生に間違われましたから』
今はすこぶる元気ですとつけ足した。
『だから花が好きなんだ?見舞いで花もらうもんな』
『そうなんです』
『俺もな、実家が寺で花に囲まれて育ったんだ。ほぼ菊だけど。花を生けるの手伝ったり、落ちた花を姉貴とドレスみたいって遊んでたり。墓の花を片づけるのも俺の仕事でさ』
『へえ』
さっきの営業用ではない、くしゃくしゃの笑顔を向けてきた。
『この仕事が軌道に乗ってから寺の学校に行った。今は姉貴の旦那が親父と一緒に寺を守ってくれてる』
だからこの仕事が出来てるんだよな、とぼそっと言う。
『花屋と教室の手伝いは無理だけど、俺が個人的に花生けに行ってるホテルがあるんだ。土曜の午後なら来られるか?』
『えっ、えっ!いいんですか?僕で』
沢木は睨むように薫を見てくる。
『答えが違うだろ』
『あっ、はい。花が大好きです。僕にお手伝いさせて下さい!』
『よくできました』
沢木は切れ長な目を糸のようにして笑った。
あれから七年。高校、短大と通いながら学んだ。今では教室のアシスタントを任され、海外の活動にもついて行く。それなのに浮わついた気持ちで仕事をしていては申し訳ない。
(島崎さんも、きっと病院で痛みに耐えてるんだ。僕も仕事を頑張らなくちゃ)
小柄な体にたくさんの花と小枝を抱えて薫は階段をかけ上った。
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