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秘すれば花3
薫が急いで教室に戻ると、生徒が賑やいでいる。男性や真剣に花を学びたい学生が来ることもあるが、今日はほとんどが沢木のファンの女性客だ。
足りない花を揃えて置こうとすると、先ほど薫が整えた木は生徒の見本用に数ヶ所、立てられていた。短い花は、枝分けした他の花と共に小さな金魚鉢のようなガラスの器に。底は剣山ではなく枝を交差して固定され、水を湛えられられている。
「あ……」
沢木の手によって新しい命を与えられた花たちは、水の中で喜んで咲いているように見えた。
「先生、ステキ!私たちへのウエルカムフラワーかしら?」
「あれみたい、ええと……水中花!」
「きれいねー」
女性たちが口々に感嘆の声をあげていた。
薫が花を調達する僅かの時間に、沢木の手によって見事な作品に仕上がっている。中に入っている丸い玉が光を反射させ、キラキラと輝く。
「あの、先生……」
「話は後だ、始めるぞ」
「はいっ」
先輩の竹林と梅本に「ドンマイ」と励まされアシストについた。
生徒たちが今日使った花の束を抱え、帰り終わったのを見て薫は教卓に向かう。花バサミをしまっていた沢木が顔を上げた。
「この二、三日ぼんやりしてると思ってたんだ。自分で悪いところがわかってるならもういい。同じ失敗はするな」
「はい。すみませんでした」
「じゃあ、片づけて」
いつも口は悪いが、失敗をねちねちと咎められたことはない。客や生徒の前で叱ることもしない。薫だけが特別ではなく他のスタッフにもそうだ。沢木は惜しみなく自分の持つ技術をスタッフに教え、一人立ちを後押しもする。若くして自社ビルを買い、経営者としても指導者としても有能だろう。
ホームページ用に写真を撮り、水から花を取り出した。手に取ると水が染み薄く透けた花びらもある。とっさの機転でわずかでも人の目を楽しませたいという花への思いやりと、その作品の儚さにうっとりする。
「本当にきれいですね、花が揺らめいて。中のガラスの玉が水晶みたいに光ってるし」
「本物の水晶だ。全部回収しろよ、バレたら殺される」
「えええっ!」
そう言えばいつも腕に着けているブレスレットがない。大きなパフォーマンスの時は外すこともあるのだが、糸を外して飾りに使ってくれたのだろう。
「ごめんなさい、先生の大事なお守りなのに!」
「お守りじゃねぇわ、鎖だよ。いや手錠か?あと、入れ物洗って乾かしたらブリザーブド・フラワーの棚に戻しておいてくれ」
「はい。えっ?鎖?……手錠?」
(それに殺される……って誰に?)
若い梅本が驚いた顔を向け、小さな声で話しかけてくる。
「もしかして気づいてないの?桜井くん、そんなんじゃ彼女出来ないよぉー」
「梅本、余計なこと言わない。手を動かして」
「はーい」
年上の竹林に注意されていたが、薫には何のことかわからない。自分の不手際で迷惑をかけたことを二人に詫び、片づけを始めた。
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