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秘すれば花9
今週は沢木が審査をするフラワーコンテストの二次選考の締め切りが近づき、仕事がスタッフに振り分けられていつも以上の忙しさだ。普段は日にちを調節して自分で生けに行く鳳のホテルの花も、指示なしで薫に任せられた。
「珍しいね、沢木先生が審査員とか」
早出で帰るところの支配人の石田が、車から荷物を降ろすのを手伝ってくれる。
「あ、ありがとうございます。最初にお花を教わった先生の依頼……と言うか命令だそうです」
「だからか、そういうの苦手そうなのに」
車のドアを閉めながら、薫も「確かに」と笑う。
「苦手と言うより、真剣に考え過ぎるみたいです。落とした人の人生変えちゃうくらいに考えてて」
「そういうとこあるね、あの人」
石田は目を細める。
「おかげで僕も拾ってもらったんですけど」
「またまたー」
その時ポケットのスマホが鳴る、塁からだ。
『俺のこと好き?』
さっきもリハビリが終わったと連絡をもらったが、返事を返せなかった。すみませんと石田に背を向けて急いで返信した。
『大好きです!!!先生が審査員をされるコンテストがあり、僕も忙しくて連絡出来ずにすみません。リハビリ大変でしょうが頑張ってくださいね』
送ってから書きすぎたかと思ったが、会えないなら気持ちは伝えておかなければ。よくいう恋の駆け引きなど自分には出来ない。
さて仕事とおじぎをして行こうとした薫を石田が呼び止める。
「桜井くんて、島崎選手とつき合ってるよね?」
「………………えっ?」
一瞬言われたことの意味がわからなくて、わかった途端に息が止まった。
「あ、の何のことでしょう……」
平静でいようとして、逆に声がうわずってしまう。
「今の島崎選手からだよね、名前は変えて登録しとかなきゃ」
「あっ」
見られていたのか、何とかごまかさなくてはと気持ちが焦る。
「一ヶ月前に彼がうちに泊まったじゃない?冷房で花がダメになって桜井くんに来てもらった日。フロントに鳳さんが来たから、俺、花を捨てるの手伝おうと客室に上がったんだ」
「え……」
「桜井くんいなくて、島崎選手の部屋の前に花とバケツが置いてあった」
(あのとき近くにいたなんて……!)
「暫くしてドアが開く気配がしたから非常階段にいたんだ。そしたら桜井くんが飛び出してきた」
「そ……れは……」
「次の朝も花持って来る時に、もう島崎選手がチェックアウトしたか聞いてきたでしょ」
祖父の葬式、ひじの手術。兄との会話をつなぎ合わせてみれば、ゴシップ好きの石田でなくとも何かあったと思うだろう。
「なんとなく……です。あ、いたらサインもらおうかな、なんて……」
駐車場でのやり取りは見られていなかったようだ。何でもいいからこの場を取り繕わないと。
「嘘が下手だな」
「バレたらどうするの?」
「大変なことになるよ?」
一言一言ゆっくりと喋る石田の言葉に、今度はどきどきと動悸が止まらない。
「俺さ、桜井くんのこと、ずっと可愛いと思ってたんだ」
「え?あ、もう冗談ばっかり」
石田の言葉に笑みをもらす。
「いや、ホントホント。それに最初は沢木さんについていくだけだったのに、今じゃこうして全部任されて凄いよ。いずれは一人立ちを考えてるの?貯金とか結構してる?」
「え?」
ゆっくりと薫に近づいてきて、石田は言った。
「少しお金、貸してもらえるかな?」
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