一難去って

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「聞いてもらってもいい?」 ダイニングテーブルに着いて、食べる前に倫子が前置いて言うと、笑顔で勿論と返事が返って来る。 それを聞いて安堵してから、倫子は話を始めた。 新人指導は順調だと思っていた事、沢木との会話時間が少ないので指示や沢木に対して言いたくて言えない事、コミュニケーションを心配してランチに誘って言われた事をまずは説明した。 その上で倫子は改めて真面目な顔で倫也に聞く。 「残り一週間ある。仕事面で言えば教える事はないのかもしれない。彼女の言う通りフォーマットはパソコンに入っているし、見本は前の書類がいくらでもあるし、彼女は優秀で十分、沢木さんの補佐は務まると思う。」 「うん、元々、部長さんにお願いされての産休取り止めだったんだから、一週間早く終わっても構わないんじゃない?」 倫也に言われて、うん…と倫子は下を向き、ガバッと顔を上げた。 「仕事は出来る人だと思う。でもあんな考え方、間違ってると思う。本社に行きたいから仕事はそつなくこなすけど、本社のデータベースだけを信じて見ればいいって言ってる様に聞こえた。同じ会社だけど扱う商品は微妙に違う。支社には支社の、小さなとこでしか出来ない仕事があると思う。いずれ本社に行きたいと言うなら、行く人なら支社を大事にして欲しい。」 「うん…じゃあ、倫子はどうするの?」 目の前で言ってから倫也は鯵を口に入れて、咀嚼しながら倫子の返答を待っている様に黙っている。 「…………うん、宇佐美さんから教わった事、私の中で基本というか土台になってる。これは絶対に要らない物でも古い物でもない。私はこの土台を何と言われようと松川さんに叩き込みたい。」 強い目を倫也に向けると、倫也が手を伸ばして倫子の頭を撫でた。 「だな?残り一週間、一度了承したなら最後まで頑張れ!倫子なら出来る。真っ直ぐにその人を見て、ぶつかって行けばいい。無理だと思ったら俺がいる。ここで泣いたらいい。あー、こういう人材欲しいんだけどなぁ。倫子、うちに来いよ。優遇するから。」 言いながら手を引っ込めて、また食事を始める。 「優遇って…ずっと倫也さんのお部屋に座らせる気でしょ?」 笑顔で返すと大当たりと言う倫也の返事が笑い声と一緒に聞こえ、倫也が笑い声を止めて顔を上げた。
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