白い犬と黒い狼の魔法にかかったなら

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「やぁ!沙梨、久しぶり」 王子様が迎えに来たのかと思った。 少しずつ生暖かい風が吹き始めてきた真夜中。 コン!コン!と窓ガラスを叩くのは…… 元カレだった。訳が分からず、頭を一回整理してみる。 えっと、彼とは5年程前に別れて。 それから全く会っていなくて。 あの時、私は30歳で彼が20歳で。 私は別れたくなくて、一方的に別れを告げられて……ずっと忘れられなかった。 「何で?今更?!」 私はガラリと窓を開けて、懐かしい顔に向かってそう言い放つ。彼の笑顔は、相変わらず仔犬みたいで愛らしい。以前みたいに撫で撫でしたくなるのをぐっと堪えて、その顔を睨みつけた。 「とりあえず、中に入れてよ」 仕方なく部屋へ入れると、私は彼をまじまじと見渡してみた。本当にあの優なのだろうか? 5年も経っているのに、外見はあの時と変わらずに若い。あの時の、記憶の中の優だ。会いたかったけど、嬉しくはない。 だって、私は2週間後に結婚式を控えているのだから。 「何で今更? 用がないなら帰って!」 「沙梨に会いに来たんだよ」 「何で? 優から別れよって言ったの……」 私の言葉を遮る様に、いきなりガバッと抱き締められる。懐かしい匂いと、落ち着く体温に眩暈がした。私が大好きなぬくもり。 優しく包み込まれるような、癒しのバリアに包まれた感触と空気感。 結婚相手の剛(ごう)とは違うぬくもり。 「私、結婚するんだ」 両手を突っ張って、優の胸から無理矢理に抜け出した。     「え? そうなの? いつ?」 可愛い目が一回り丸く大きくなる。 「2週間後に」 「じゃあ、まだチャンスあるよね?」 「は?」 至近距離に近付けてくる顔。近くで見るとやっぱり仔犬みたいに可愛くて、仕舞い込んでいた感情が湧き出してきそうだ。 そのまま壁に追いやられ……壁ドン。 「まだ、好きなんだ。沙梨の事」 優はいつもこうだ。自分の気持ちをストレートに表現する。剛とは違うタイプ。剛は自分の気持ちを言えない不器用タイプだけど、その愛情を行動で表現してくれる。そして、男臭くて俺に着いてこいタイプ。 目の前のコイツは、甘え上手で可愛く尻尾を振る仔犬みたいな男だ。潤んだ瞳で悩殺してくる。ドクンドクンと鼓動が激しく音を鳴らす。 今、まさに、心を持っていかれそうになっている。 いや、何をしている? 私は剛と結婚をするのだ。 「優、どいて。私は剛と結婚するの」 「2週間で振り向かす。毎日会いに来るから」 「はぁ?」 壁に付いていた手を背中に回され、もう一度ギュッとされると、優はまた窓辺に寄って手を振った。 そして、仔犬みたいに窓から消えていった。 熱くなった両の頬を手のひらで包んだ。久しぶりに見た優は、やっぱり優で、一瞬で私の心を掻き乱していったのだ。 「もう、何なのよ……」 これから私は死ぬほど悩む事となる。 私は2週間後、どちらを愛しているのだろうか?
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