9本目 かすみ草

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先輩はいつも、息をするみたいに私の熱を上げる。だから私はいつも自分のこころに降参をして別の逃げ道を探す。これはもう、経験値が全く違うから、仕方ないのだ。 「あ、の、私ですね、このポエム好きなんですよ」 苦し紛れにページを開き、どこだったかな、と、ペラペラと捲る。 先輩が主演の恋愛映画の台本に愛着が湧いた私は、すり減るくらいにそれを読んでいる。原作があるから読んだら?と言われてそれも全部読破したけれど、結局先輩が使い古した台本の方が好きだ。 「その部分アテレコだから、もう全部録音してる」 「え、そうなの?」 「書いてあるじゃん」 ここ、と、私が置いた指先のすぐ近くにある文字を彼がなぞる。 ほら、まただ。触れるか触れないか分からない距離だったのに、今度は指先に熱が移る。 「お、お風呂入ります……」 「うん、分かった」 また観念して、別の逃げ道を探す。毎回これの繰り返し。 二回ほど聞いて覚えたバスタオルの位置、どうすれば水が出るのかわからなかったシャワーにも慣れた。だけど、洗面台のコップに仲良く並ぶ二本の歯ブラシと目が合えば、飽きずにきゅっと胸が狭くなる。 この広い部屋に住む色んな刺客に、私の心臓は何時になったら慣れてくれるのだろう。
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