9本目 かすみ草

7/34
438人が本棚に入れています
本棚に追加
/326ページ
だけど、確か先輩こないだ何か言ってたなぁ、と、そんなに古くも無い記憶を掘り起こす。 『そろそろ長期ロケが入りそう』 そうだ、お家でご飯を食べたあと。先輩は意外と料理が上手で、カルボナーラを作ってくれた。それがびっくりするほど美味しくて胸は幸せで満たされたのに、急に暫く会えないって事を聞かされて少し寂しくなった。 でも、そのほんの少しの寂しさに気づいて欲しくなくて、テーブルの上に置き去りにされた台本を手に取った。 「そ、そっか。この映画の撮影?」 「いや、別の。アクションシーン多いから、アザ増えそう」 「だったら、湿布とかテーピング多めに持っていかなきゃ駄目だよ。先輩、フィジカルは良いけど柔軟は苦手だから」 ね?と念を押せば、先輩は表情を凍らせまま、無言で私を見つめていた。 「……どうしたの?」 「いや、昔の……マネージャー思い出した」 なんて、少し嬉しそうにはにかんだ笑顔を彼はくれるから、単純な私の心臓はさっきまで寂しかったはずなのに、すぐにきゅんと高鳴り「つ、つい……」と、狼狽えてしまった。
/326ページ

最初のコメントを投稿しよう!