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……そっか。
きっと、初めての月命日なのだろう。
「……そうでしたか」
身なりは整って見えるけれど、スラックスはシワが残っている。組まれた指先は、真新しい傷だってある。
「30年、連れ添いましたが……お恥ずかしいことに仕事ばかりしていたから、妻の好きな花も、色も、ピンと来なくてですね」
消えそうな笑顔は、喪失感が未だに癒えて居ないからだろう。
「御家族のためにお仕事をされて、それを支えて下さる素敵な奥様だったのですね」
「……はい」
寂しげな笑顔のままその人は力強く答えてくれるので、色とりどりの花たちの中から何本かを見繕う。
八重咲きや、小ぶりのもの、色を揃えると少し固いデニムのエプロンのポケットから剪定用のハサミを取り出し、バランスを整える。
まるでポージングを取ったような花達が揃うと、包装紙で包み、ささやかなリボンで結び「お待たせしました」と声を掛けた。
こちらを目にした瞬間、見紛うように、その人の目は見開かれる。
「綺麗、ですね」
そうして、解けるようにその表情が柔く、穏やかになる。
「はい。墓前用との事で、強い色味は控えさせて頂きました」
この瞬間も、私にとっては得難いものだ。
花束を贈る先にいる誰かを想い、笑顔になるお客様を見るのが私はたまらなく好き。
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