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「では、お会計を」説明を終えて業務に移れば、お金を渡す際トレーに乗せた指先が、微かにその指先に触れる。
その瞬き程度の瞬間で、息が荒れ、肩がすくみ、慌てて手を引いた。
「っ、す、すみません……!」
「いえ、大丈夫ですか?」
「……は、はい、失礼しました」
「またお願いします」
「……お待ちしています」
丁寧にお辞儀をして深く腰を折ると、足音が耳の奥から消えていく。
一瞬でこめかみから流れた汗が頬を伝い、鼻の先から、スローモーションのように落ちた。
まあるい雫が、
グレーのコンクリートが打ち付けられた店内の床に、ポタリと落ちた。
『かわいい、かわいい』
一瞬のあいだに、破れたみたいに心臓から嫌な血流が流れてくる。
手が震える。喉の奥が震えて、は、は、と、息が一瞬で奪われる。
『かわいい、かわいい』
もう一雫が鼻の先に到達する。
そのまま膝を曲げて、背中を丸めて自分を抱きしめるようにぎゅっと小さくなる。
『枯らさないように、してあげる』
耳の奥で蠢く声は、脳髄を侵食する。黒い影が視界の四隅から押し寄せるので、右の小指を守るピンキーリングに触れた。
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