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ややあってカランとドアベルが鳴って静かになった。
食器を片付け終えていそいそと応接室に戻る。
おじさんは商店街に面している出窓にそっと寄り掛かっていた。
夕陽がおじさんを柔らかく照らしていて、一枚の絵画のようだ。
「おじさん、終わったの?」
「うん、コーヒーありがとね。今日のも美味しかった」
おじさんはそう微笑を浮かべた。その微笑みは包容力さえありいつもホッとする。
推理している時のおじさんは凄すぎて遠い存在に感じるが、この微笑みを見ると、近い人になるような気がする。
「よかった、ありがとう。またコーヒー入れるね」
「ありがとう。──さぁ、そろそろ閉店だ。片付けをしよう」
「うん」
壁に掛かっている少し古めかしい時計は五時を示す少し前だった。
おじさんが軽く掃除をしているのを横目に、外に出て『如月相談所』の看板を、『本日の営業は終了しました』のと入れ替えた。
『如月相談所』の看板を片手に腰を伸ばす。一本道の商店街の奥は太陽が煌めいていて、橙から紫へと綺麗なグラデーションを作っていた。
よし、と店内に入って看板を給湯室に置きに行った。
「夕焼け綺麗だよ」
「そうなんだ、明日はきっといい天気だ」
おじさんは雑巾を片して頷いた。
五時を回った頃、店を出た。さっきより薄暗く、紺色になっている。
月が弱々しく輝いていた。きっともう少ししたらよく見えるだろう。
「日が暮れるの早いね」
「うん」
「……狩野さんの彼女さんも、こうやって月を見上げてたのかな」
そうかもね、とおじさんも空を見上げた。
優しくて紳士的なおじさんが経営する如月相談所は、不思議な依頼が舞い込んでくる。
それはいつだって私の胸を踊らせたり、ワクワクさせたり、時に悲しくする。
そんなここが大好きだ。
しばらく空を見上げていたが、グーっとおじさんのお腹が鳴った。
「や、帰らないと」
照れ臭そうにおじさんは肩をすくめた。
「由宇ちゃんがご飯作って待ってるよ」
「うん」
おじさんは嬉しそうに笑みを浮かべた。
じゃあ、また今度、と軽く手を振り別れた。
少しずつ月の輪郭がはっきりしている。
──狩野さんと彼女さんが笑顔で如月相談所に来たのはもう少し後のこと。
《FIN》
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