2.足元に広がる七色の世界をきみと

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「なぁ、真生…。お前がαじゃなくてもいいって言うんなら、俺と付き合わない? ちゃんとさ、そういうのはちゃんとしときたいの。俺は」 事後の余韻が過ぎ、互いに脱力しながら衣服を整えた後に溢された市田の言葉に、この状況にも関わらず無垢なまでの後輩はきょとんとした顔を向けた。 「付き合う?」 「そ、お付き合い。恋人同士の」 「誰と誰がすか」 「俺と真生! この状況で他にいる!? つか俺たった今、確かに真生に俺と付き合わない? って言ったよね!?」 付き合うって……、と考え込む真生の姿に、市田にはあらぬ不安が湧き上がってくる。 「え……? 待って待って。さっき結構気持ち伝え合ったつもりでいたけど、それって俺だけ? ヒートの時の記憶はありませんとか言っちゃう的な展開?」 「いや、記憶は普通に……ありますけど……」 「いやいやいや、記憶あんのに何その普通な塩対応!! さすがに泣く! いい大人だけどさすがに泣けてくる!!」 「……付き合うって……どういうことなのか、よく分かんなくて……」 ん? 良く見れば、恥ずかしいのか真生がふっと視線だけを反らしている。 もしかして、もしかしなくても照れてんのか? 何もうこの人めちゃくちゃ可愛いんですけど!? 「いや、高校の時付き合ってる人いたって言ってたじゃん」 「……あの時は相手を守ってやんなきゃって割りと必死で……。付き合うとかっていまだに良くわかんなくて。自分にそんな日が来るとか思ってなかったし……」 「ほんとそういうとこ真面目だよね、真生」 ちゅ、と額に唇を落とせば、またふわりと濃い残り香が鼻を擽った。 「一緒に飯食ったり一緒に遊んだり、んで一緒に寝たりもすんの。友達とか、先輩後輩じゃ普通しないこと、一緒にやるんだよ」 「……うす」 「ヒートの時は俺を頼って。俺もαなんかに負けないように頑張るから」 ……まぁ、頑張るったって番にもなれないβに出来ることなんて限られてんのかもしれないけど。 それでもやれるだけ、出来るだけ、俺だって全力で真生を守ってやりたい。 ……渡したくない。他のやつなんぞには。 もう一回、見つめ合って。 誓いのキス、みたいに唇を重ねようとしたその時。 ━━ピリリリリッ 響き渡る着信音に二人の肩が揺れた。 「もしもーし?」 『もー、大成どこ行ってんだよ、会議始まるぞ?』 電話の相手は市田の同期からだった。 ……そうだった。会議というものの存在を完全に忘れていた。 「ごめん! 資料集めてすぐ向かうからテキトーに進めといて!」 『えー? しょーがねーなー、何か奢れよー。高いやつなー』 「分かった、分かったからよろしく!」 溜め息を吐いて立ち上がり、どことなく心配そうに自分を見上げる真生の頭をぽんと撫でる。 「真生、身体は?」 「……熱いのちょっとマシになりました」 「んじゃ今からお前はΩ専用の休憩室(シェルター)へ行くこと。俺が医務室行って薬貰ってくるから、それ飲んで夕方まで寝てろ。午後は休みにしとくから」 Ωへの配慮が当たり前になっている現代では、どの会社や学校、公共施設や商業施設にも、緊急時にΩが駆け込むことが出来る、シェルターと呼ばれる場所が存在している。 Ωの保護施設も同じようにシェルターと呼ばれる場合もあるが、今やシェルターと言えばそんな休憩室を指す場合が一般的だ。 「いや、でも……」 「そんな匂いちょっとでも他人に嗅がれんの、俺が嫌なの。分かったら賢く休んでな。後はこの頼れる先輩……、いや、彼氏に任せときなさい」 あ、やばい、彼氏って響きに自分で照れる。 そんなことを思いながら真生を見れば、恥ずかしいのか俯き加減で足元へと視線を向けるいつもの仏頂面が耳まで赤くなっていて。 ……この可愛さはちょっと、宇宙を凌駕するかも。 そう心から思う、市田だった。
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