寄り添うということ

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「じゃあ、これで」 「うん」  お互い作業を終えて一緒に陶芸教室を出た。  外は今年一番の寒さらしく、今日に限って手袋を忘れたことに気づいて余計に手がかじかんだ。  陽太郎に背を向けて、駅の方へ急ぐ。  しかし再び彼に「美月」と呼ばれて、よせばいいのに振り返ってしまった。 「美月、頼むから最後に、握手してくんない?」 「……握手?」  陽太郎は切なげに笑った。 「そうしたら、今までの二人の時間、無駄じゃなかったって思えるから」  その言葉に、みるみるうちに彼と過ごした数年間の日々が蘇り、涙腺を刺激する。  そうだよ、無駄じゃなかった。  楽しかった。幸せだった。  だけどもし、時間を巻き戻せるとしても、戻りたいとは思わない。  それがどうしようもなく切なくて、うまく彼の顔を見ることができなかった。  そっと握った陽太郎の手は柔らかく、自分と同じようにひんやりとしていた。  ああ、この手を何十回も握っていたんだ。  だけどもう、二度と握ることはない。そんなふうに感慨深くなって、思わずポツリと「ありがとう」と呟いた。  涙を滲ませながら、陽太郎も「ありがとう」と呟く。  そして、「幸せになれよ」と微笑んだ。  この時やっと、彼と本当の意味できちんと別れることができた気がした。  それは物悲しく、胸がすっと冷えていくような痛みがあったけれど、それでも清々しかった。  これで前を向ける。  そう思ったのに。  手を離そうとした瞬間に、目の前を通りすぎた一台の黒色のワゴン車に心臓が止まりそうになる。  それは見覚えのある、いつも蓮沼さんが乗っている車によく似ていた。  ……まさか。同じような車はいくらでもあるし、都心から少し外れたローカルなこの駅を、今彼らが通るはずがない。  何度も自分にそう言い聞かせ、動揺して速まる心臓を落ち着かせながら今度こそ陽太郎に別れを告げた。  後日、陶芸教室の近くにあるお蕎麦屋さんでアルタイルがロケをしている番組を見て、再び胸騒ぎを覚えた。  しかしその日のことについて煌から問われることは、一度もなかったのだった。
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