寄り添うということ

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 外で待っていた蓮沼さんに、煌は思いきり頭を下げた。 「申し訳ありません!来週のライブ、俺だけ休ませて下さい!」  顔面蒼白で煌を見上げた蓮沼さん。彼女も、佐伯さんの容態がよくないことを察しているようで、煌の言葉を責めることはしなかった。  けれどその表情は、困惑の色が隠しきれていない。当たり前だ。  五日後に行われる台湾でのライブは、きっと前々から緻密に計画され、様々な人達が関わり、莫大な資金もかかっているはず。  煌がいないとなると、ひょっとしたらライブ自体も延期、最悪の場合中止になってしまう可能性だってある。  その損害は、素人の私にだって容易に想像がついた。  だけど、煌の気持ちも痛いほどよくわかる。 「……非常識なこと言ってるって、どれだけ皆に迷惑かけるかって、自分でもわかってます。どんな責任もとります。罰も受けます。……お願いします」  震えた声で、頭を下げ続ける煌。  自分にとって一番大切な人が余命幾ばくもないとしたら、誰だってそばにいたいと願うはず。 「……とにかく社長に事情を話してみるわ」  蓮沼さんは努めて冷静に言って、私にも会釈してくれると静かに去っていった。 「……………………」  沈黙が苦しい。  二人で病室に戻って、佐伯さんの寝顔をひたすら見つめ続ける。  耐えられずに、私の方から口を開いた。 「……煌、ごめん」 「何言ってんの。美月が謝ることなんてないでしょ」  力なく笑う煌。その笑顔すら痛々しくて、見ていられなかった。 「……私がもっと早く異変に気づいていたら。あんなにそばにいたのに……私のせいで」  嗚咽を喉のところでぐっと我慢する。  今、私が泣くのは狡い。煌がこんなにも我慢しているのに、先に私が泣いてしまっては彼に失礼だ。  だけど頭の中を支配するのは、「あの時こうしていたら」「こうだったら」という全く意味を成さない後悔ばかりで、その重圧に押し潰されそうになる。  一番そばにいたはずだった。一番、わかっていたつもりだった。  それなのに私は、何の役にも立たず、最も大切な時に限って何の力にもなれなかった。 「……そんなことないよ。むしろ美月には、本当に感謝してる」  目に涙を溜めながら、一生懸命口角を上げる煌。そんな彼に、余計申し訳なく思う。 「心のどっかで覚悟してたんだ。一昨年脳梗塞で倒れてからさ、ばあちゃんも、自分で自分のこと、もうそう長くはないだろうって。だからこそ、ちゃんと一人前になった姿を見せたかった。……海外でライブすることも、ばあちゃん物凄く喜んでたのに」 『コウちゃん、外国の人にも愛されるのね』  幸せそうに笑う佐伯さんの笑顔を思い出し、込み上げるものを必死に目の中で抑える。 「だけど、最後くらいずっと一緒に居たい。傍にいて、ちゃんと看取ってあげたい。俺にできることは、それくらいしかないから」  わかるよ。煌の気持ち、痛いほどよくわかる。  もし自分が同じ立場だったら、きっと同じように考えていたはずだ。  ……だけど 『もう、これで安心』  佐伯さんの、煌を思う気持ちも同じくらい知っていた私は、すぐに頷くことができず、なんと返事をしていいかを黙って考え続けるしかなかった。
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