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____「神経膠腫……グリオーマと言って、脳に悪性の腫瘍ができています」
「……腫瘍!?」
煌は信じたくないと言う気持ちを隠さずに聞き返した。
先生は少し言い辛そうに、しかし毅然として続ける。
「かなり進行が早く、佐伯さんはご高齢ということもあり、手術に耐えられる体力もない。手術することは困難だと思います」
「そんな……」
手術するのは困難と言うことは……
「手の施しようがありません」
苦渋に満ちた声に、目の前が真っ暗になったように何も見えなくなった。
今まで感じたことのないくらいに胸が押し潰されて、息をするのも苦しい。
大声で叫びたい、泣きわめいてしまいたい衝動を抑えることだけで精一杯だ。
「……お力になれず申し訳ありません。今後は、緩和ケアに焦点を当てる方向で考えた方が佐伯さんの為になると思います」
緩和ケア。病気による身体的、精神的苦痛を和らげることを目的としたケアで、実質、終末期医療という意味合いが強い。
つまり、佐伯さんは
「……もってあと、一週間ほどだと思います」
とてもじゃないけど受け入れられる心の余裕はなかった。
恐怖と不安、悔しさと罪悪感の念に苛まれ、頭の中はぐちゃぐちゃに混乱して、正気ではいられない。
何より、……何より辛いのは。
だらんと腕を下ろして、猫背になりながら一点を見つめる煌が、今どんな気持ちでいるのかと思うと、身を切り刻まれるような思いだった。
震える手で、そっと彼の手を握る。
煌の手もまた、小刻みに震えていた。
まだ、声をかけることはできない。
お互いの震えを合わせて、私達はすがるように手を握り続けた。
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