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多香子は手を伸ばしてエブラの鼻先を触った。大きさは違っても、確かに6歳の頃の多香子が可愛がっていた、あの生き物だと確信できた。
「えぶちゃんなの?」
多香子はそう話しかけてみた。エブラは目を細めて、クーンクーンと甘えるような声を出した。
エブラの細長い舌が口の奥から何かを取り出し、そのまま多香子の目の前に伸びて来た。その舌先にある物を見て、多香子はハッと息を呑んだ。
それは赤い花の飾りが付いた髪飾りだった。ピンの部分は変色して黒ずんでいたが、紛れもなく、あの幼い日に、多香子が石垣島の海岸で失くしてしまった、あの髪飾りだった。
「えぶちゃん。ひょっとして、これが見つかったから、届けに来てくれたの? そのために、あたしを探していたの?」
エブラはグゥオという声を出した。多香子には、それは喜んでいる様子に思えた。
多香子が髪飾りを手に取り、受け取ったのを見届けると、エブラはゆっくり立ち上がり、くるりと背を向けて、海の方へ歩き出した。
あたり一帯に地響きを立てながら、エブラは一直線に海を目指し、少しずつ海水の中に没して行った。
多香子を抱きしめたまま、神崎教授はつぶやいた。
「探し物は見つかったようね。誰にとっても」
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