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誰かの名前が呼ばれた。
彼女の3つ前の席の奴が、教科書を読み始める。この先生は単純に順番通りに当てるから、もうすぐ、彼女の番が来る。
今まで、彼女を起こした事はないけれど。今日だって起こしたくなんかないけれど。
このまま寝てるとさすがにやばいだろうなぁ…
頭はいいんだから、今からでも起こせば何か答えるだろう。
本当は、このままずっと見ていたいけど。
僕は先生の挙動を予測しながら、隣に手を伸ばすタイミングを計る。肘のあたりを軽く叩こうとして、僕は、彼女に触れたことなど一度もないことに唐突に気付いてしまう。当然ながら手を繋いだこともなければ、すれ違い様軽くぶつかった事さえ。
急に大それたことをしようとしてる気がして動けなくなった。
まったく、高2にもなって、中学生のガキでもあるまいし…とさすがに自分に呆れる。けれど、動けないものは動けない。
何となく、上を見上げた。薄汚れて低い天井。見回せば、一様に眠たそうなクラスメイト。グラウンドに面した窓は開いていて、カーテンが揺れている。
これが今の僕の日常。
諦めがついて、彼女のいい友達になれたら。こんな事で動揺したりもしないよな。
僕は彼女をあっさりと叩き起こして、きっとそんな毎日は明るく楽しくて、退屈な繰り返しのようでいてとめどない高校生活。そんな、軽々とした日々の中で。
僕は、もう二度と、特別な自分は探せない。唯一の自分を願えない。
それは、明るくて、楽しくて、でもきっと、もう幸せは見つからないな。
今、君を起こしたら、君は驚いてこっちを見るだろうか。
もうすぐ君の番だよと教えたら、照れたように笑うだろうか。
君は、僕を、真っ直ぐに見返してくれるだろうか…?
誰にも気付かれないように、そっと大きく呼吸した。
もう一度、ゆっくりと手を伸ばす。
限りなくゼロに近い可能性。
そうだ、今、この瞬間だけでも構わない。
僕は、ただ。しっかりと。
君の瞳に映りたい。
手を伸ばす。ゆっくりと。
今。
僕は確かに幸福だった。
君が振り向く一瞬前。
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