教室

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 かたり、と音がしたので右隣を見やると、彼女はもう机にうつ伏していた。机の真ん中に積み重ねた辞書と教科書を囲うように腕を組んで、その上に顔を伏せて。  左の横顔が、半分ぐらい見える。  癖なのだろう。彼女はいつも、少しこっちを向いて眠る。  彼女は何故だか本当によく眠る人で、クラスでも有名だった。かといっていわゆる不真面目な生徒ではなくて、成績は優秀な方で、部活は陸上。  夏場は日に焼けているけど、元々はとても色白なのだろう。今、垣間見えている横顔と首筋が不思議なほど白い。  そして、頬だけが透ける様に赤かった。  僕はいつも起こさない。  起こしてしまったら、こんな風には見ていられない。  僕と彼女の関係はひどく薄くて、しかもとても儚かった。登校してきた彼女が「おはよう」と言って、僕も「おはよう」と返す。それ以上も以下もない関係。  そのうち、席替えなんて、誰かの気まぐれで唐突に実行されるのだ。  そうしたら僕は彼女の横顔をもう見られないし、「おはよう」さえめったに言えなくなるのかもしれない。  彼女は次に隣に座る奴に声をかけて、そいつはやっぱり僕と同じように、彼女の横顔を見つめるかもしれない。  僕は、きっと、遠く離れてしまう。きっとずっと離れてしまうのだ。今よりも、ずっと。  彼女は相変わらず、すやすやと眠るだけだろうけど。
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