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癒しの力
「ねぇ、覚えてる?」
ふと、彼女の声が聞こえた。彼女に顔を向けると、優しく笑っている。それから、目の前のモノに目を向ける。それは、楕円形のオルゴールだ。このオルゴールは俺たちにとって、とても大切なものだ。結婚した時に記念に買ったんだ。
「懐かしいな。もう十年か。動くか?」
彼女は答える代わりにぜんまいを回した。二回、三回と。彼女がぜんまいから手を離した直後、あの懐かしい音色が優しく奏で始めた。その音色は今の気持ちを和らげる効果を持っているようだった。
彼女も俺も聴き入ってしまっていた。音楽が止まると、今まで耐える事が出来た痛みが襲ってきた。思わず、声を上げてしまった。
「だ、大丈夫?」
彼女は咄嗟に俺の背中を摩ってくれた。それでも駄目だ。そう、思った時だった。
「辛そうだったら、看護師さん呼ぶよ」
彼女がそう言った。俺はオルゴールを手にし、ぜんまいを回した。弱っている身体で力が入りにくかった。無理矢理でも力を入れたら、疲れた。
さっきは数回で直ぐに止まった。だから、十回は回した。相当の力を使った。
手を止めて、数秒後。オルゴールは再び音を奏でた。身体は楽になっていく。
「大丈夫。これがあると、なぜだか痛みが和らぐんだ」
目線は彼女ではなく、オルゴールに向いていた。いや、本当は彼女から逸らしたかったのかもしれない。
彼女は「そうなんだ」と一言だけ零し、それ以降なにも話そうとしなかった。ただずっと哀しい目をしていたような気がした。
「私、行くね。ほら、今日は奏を迎えに行かなくちゃいけなくて。辛かったら、看護師さんに頼んでね」
俺が返事をする前に彼女は部屋から出ていってしまった。彼女の後ろ姿が切なく思ってしまったのは少しばかり反省した。
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