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「行ってきます」
学校を休んで、前の隊長の桃瀬さんの家に行くことに。まだ夢のようだけど、僕が次の隊長なんだもんね。引き継ぎは、しっかりしないと。
「えっと、あっちの方だね。よし」
気合いを入れて、足を家の方に向ける。ふぅ、と息を吐きだして、背中に意識を集中させる。
バサッ。
背中にしまっていた、真っ黒な翼が姿を見せた。地面を蹴ると、ふわりと体が浮き上がる。
「風が気持ちいい。晴れてよかったぁ」
僕、緑神風翔は天狗の一族の者だ。黒い翼で自由に空を飛ぶことができるんだ。それに、僕らの一族は、風を操るのを得意とする一族だ。風を切って、色々な家の上を飛んでいく。
「おっと、この辺かな」
急降下して、地面に足をつける。翼も背中にしまって、桃瀬さんの家を探す。広い木造の屋敷だから、一目で分かるはずなんだけど。
「あ、あった」
心臓の音が耳元で聞こえてくる。一度、深呼吸をしてインターホンを鳴らした。
「はーい。あっ、風翔くんだね」
「はい!」
ゆったりとした口調で、緩いカーブのかかった髪を持つ女性が、ふわりと笑う。
「どうぞ、入って」
「失礼します」
屋敷に入ると、木の匂いが鼻をくすぐってきた。駄目だ、緊張する……。ぎこちない足取りで、長い廊下を歩く。落ち着け、落ち着け。
「どうぞ」
桃瀬さんが微笑みながら、戸を開けてくれた。
「は、はい。失礼します」
案内された部屋も広く、照明も机も高価そうなものばかり。凄いな。風で乱れた茶髪を、さっと整える。
「ふふっ、緊張しすぎよ」
「あ、あはは」
前の隊長さんに会うってだけでも、ドキドキするのに、広い屋敷って……。緊張しないわけがない。すすめられた座布団に腰を下ろして、背筋をピンと伸ばす。
「風翔くんは、いくつだっけ」
柔らかい声で、桃瀬さんが訊いてきた。
「十四歳です。第一部隊の全員が中学生ですよ」
「そっかー。妖怪も高齢化が進んでるからね。それにしても、隊員全員が男の子って、珍しいよね」
「そう……ですね」
働ける大人も、ほとんど出ちゃってて、僕らが働くしかないし、性別が偏ることもあるよね。かなり珍しいけど。
「じゃあ、引き継ぎしようか」
「はい」
桃色のネックレスの入った黒いケースを、桃瀬さんが机に置く。ネックレスを手に取って、静かな声で言う。
「妖警備隊、第一部隊二百三十五代目隊長、桃瀬春花」
桃瀬さんの声に答えるように、ネックレスが淡く光る。
「二百三十六代目隊長、緑神風翔に隊長の証を引き渡す」
そう言って、桃色のネックレスを僕に渡す。おそるおそる受け取ると、ネックレスが強く光り始めた。ごくりと唾を飲んで、口を開く。
「二百三十六代目隊長、緑神風翔」
今までに出したことない、力強い声で言う。すると、桃色だったネックレスが、緑色に変わった。本当に、僕が隊長に選ばれたんだ……。首にかけると、キラリと輝いた。これが、隊長の証か。
「うん、似合ってるよ。……これから、大変だと思うけど、頑張ってね」
「はい。精一杯頑張ります!」
もう、後戻りはできないんだ。もっと気を引き締めないと。頑張るしかないんだ。桃瀬さんに見送ってもらって、屋敷を出る。来た時のように、翼を広げて空に飛び立つ。……ちょっと恥ずかしいから、ネックレスは服の中に隠してね。
「……もうすぐ仕事も始まるんだ。しゃんとしないと」
服の上からネックレスを握りしめて、自分に言った。まだ自信なんてないけど、他の妖怪に見せたらいけないんだ。
「よし」
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