世界でたった独りの僕と、いてもいなくても誰も困らないおじさんの話

1/8
前へ
/8ページ
次へ
僕は生まれた町が嫌いだった。 死んだおばあちゃんが作ってくれたお弁当みたいな色の街。 茶色くて、鮮やかな色なんかなにもない。 年々劣化していくこの町も、全然変わらないおばさんたちの井戸端会議の悪口大会も大嫌いだ。 母さんが作るお弁当はカラフルだけどゆでた野菜とゆで卵、それに冷凍食品のオンパレードで味がしないか、全部同じ味。 どこに行っても誰と喋っても僕はいつも上を向いて死にたい、死にたいと思っていたんだ。 【世界でたった独りの僕と、いてもいなくても誰も困らないおじさんの話】 そのおじさんが来たのは僕が高校二年生の夏休みに入る前の日で、母さんが「明日からおじさんが来るから」と夕食のときに一言告げただけだった。 僕は「そう」と言ったが、僕におじさんがいることなんて生まれて初めて聞いた。 でも、母さんはもくもくとシラスおろしをご飯にのせ、醤油をかけてから思い出したように「隣の旦那さんね、また不倫したらしいわよ。汚けがらわしいわ」と僕に報告したので「そうだね」と言って席を立った。 僕の母さんは男の人は汚らわしい生き物だと思っているようだった。その原因は僕が小学六年の時に父さんが浮気したからだ。それから母さんの口癖、というか誰かが不倫しただの、二股かけたのと言って「汚らわしい」と言うようになった。僕もそうだね、と口癖のように答えるようになった。父さんと母さんは離婚していない。それは母さんが離婚しないからだ。父さんとは時々会う。隣の駅のアパートに住んでいる。たまに僕の携帯に「元気か」とメッセージが来るが、「一緒に住もう」というメッセージは一度もない。来年には僕の弟が一人出来るらしい。 僕の住んでいる町は田舎だ。30分も電車に乗れば都会に行けるけど、大抵はこの街で生活が成り立つ。僕は高校生で帰宅部で、それなりに仲がいい奴が何人かはいるけれど、実はその誰とも仲良くなりたくないと思っている。 ゲームは好きだ。長い夜を忘れさせてくれる。FPSで知り合った友人と少しオンラインでゲームして、インターネットでなにを検索したかもけれど忘れたけれど、少なくともそれで何時間かの僕の人生は消費できた。 僕は死にたいなあ、と思う。別に本当に死にたい訳でもないけど、本当に死にたくもある。 中二病だとか言わないでほしい。これは本当の僕の気持ちなのだから。 朝目覚めると、母さんがいなかった。 代わりに食卓の父さんの席に、煙草を吸っている知らないおじさんがいた。おじさんは僕がねぼけながら挨拶をすると、おう。と言ってなんでもないようにそこにいた。 僕はトイレに行ってから冷蔵庫から麦茶を取り出し、二つのコップに麦茶をいれ、一つはその場で飲み干して、もう一つを知らないおじさんの前に置いてから自分の部屋に戻ろうとすると、おじさんが「ありがとう」と言ったので、僕は頷いてから部屋に戻り、すこし携帯を見てからまた少しまどろんだ。 次に目が覚めたのは十二時過ぎで部屋から出ると、おじさんと母さんが二人で相向かいで座っていて、僕に気が付いたおじさんが煙草をくわえながら「おう」と手を上げた。かあさんは少し泣いているようだったが、僕は馬鹿じゃない。気づかないふりをしてオジサンにおはようございます、と言った。かあさんが「この人、あんたのおじさん」とおじさんをさして言い、おじさんも「俺、お前のおじさん」と、自己紹介した。 「アキラ、焼きそば作るからちょっと待ってて」 そう言って母さんは台所に立ち、おじさんは煙草を吸っている。見れば灰皿は吸い口まで吸ってある吸い殻で溢れていた。煙草臭いなあ、と思いながら僕はおじさんの横に座った。おじさんは何も言わなかった。髪の毛をオールバックにして、白いシャツとズボンを着ていた。少し痩せ気味だった。 あの、と僕は言った。 「何してる人ですか?」 「何って?」 「仕事、とか」 そう聞くと、しばらく天井を見上げてからおじさんは咥えていた煙草を指に挟んで僕に見せて「時間泥棒だよ」と言った。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加