世界でたった独りの僕と、いてもいなくても誰も困らないおじさんの話

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僕が死にたい、と思ったのはいつからか。あまり思い出せないけれど、その言葉を唱えると、すごく楽になった。だけれど人に気づかれてはいけない。 僕が中学一年の頃、母さんとご飯を食べているときに唐揚げが美味しい、と言おうとしたのに、なぜか「死にたい」と頭の中で唱えていた呪文が口から漏れて大変な事になった。母さんはまだ生きていたおばあちゃんを叩いて、「あんたの息子のせいでアキラがおかしくなった」と喚き散らして、おばあちゃんが「ごめんねごめんね」と言って、僕はやっぱり死にたい、と思った。 死にたいって思うと、現実が色褪せていく気がして気分がいい。いくら怒られようが、嫌な奴に絡まれようが、どうせ死ぬんだからいいや、と思えば特に気にならないから、僕が死んだときはよく解らないお経より、「死にたい、死にたい」ってみんなで言ってくれてもいいくらいに僕はその言葉に救われていると思う。 それを人に言うとおかしいって言われるから僕は言わない事にしているが、ふと、母さんがいない昼ご飯の時におじさんにこれをどう思うか聞いてみる事にした。 「おじさん」 「おう」 「死にたいって思ったことありますか」 「そりゃあ、あるよ」 「どれくらい」 「うーん、いっぱい」 「毎日死にたいって思ってるって言ったらどうしますか?」 「お前が?」 「はい」 するとおじさんがちらり、と僕を見て。 「そりゃあ、年頃だもんな。でもな」 「はい」 「もし誰かのせいで死にたいって思ってるんだったら」 「はい」 「そいつを殺せよ」 「……どうして?」 「だってお前が死ぬ必要なくない?」 おじさんはすごく寛容だった。僕は安堵した。だから、もっと怖い事を言っても良い気がした。僕は恐る恐る口にする。考えるのもちょっと、駄目だなと思う考えを。 「それが、お母さんでも?」 そうするとおじさんはくわえていた煙草を灰皿にねじこんで、「殺やってやろうか?」と言ったので僕は慌てて首を振った。そしたらおじさんは、まあ、飯は殺したくなるほどまずい。と笑った。僕もそう思った。
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