世界でたった独りの僕と、いてもいなくても誰も困らないおじさんの話

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それから僕は早く一週間が経てばいいなと思ってばかりいて、夏休みがあと少しだという事に気が付いたのは細川の電話でだった。 「お前さ、どっか行ったりした?」 「いや全然」 「俺も。どっか行く?」 「うーん、まあいいけど」 「良かったー!俺さー夏休みなんにもしてないことに気が付いちゃってさ!あと十日じゃん?」 「えっ」 僕は次の日、たいして仲良くもない細川と映画を見に行き、飯を食べて、じゃあ次は塾で会おうなと言って別れてからそういえば今年の夏、僕はラブホテルへ行くのだ、ということを唐突に思い出して顔が真っ赤になったが、それがおじさんと行くのだということをも思い出して真面目な顔になってしまった。僕はおじさんにしゃぶってもらいたいだけなのに、どうしてラブホテルへ行くことになったのだろう。でもラブホテル行ったと言ってみたい。 「え、東京?いいけど、この子に変な事を教えないでね」 「ああ、解ってるよ。知り合いのレストランが開店したから、ついでに夏休みの思い出に連れて行こうってだけさ」 「それならいいけど……・」 母さんはおじさんと行く一泊二日の旅行を快く許してくれた。本当は近場でもよかったが、おじさんが東京へ行こうというので僕は快諾した。後は母さんの説得だけだが正直チョロいと思っていた。 というのも母さんはきっと彼氏ができた。 最近夜遅く帰ってきて、上機嫌だからだ。 (自分の時は汚らわしいと言わないんだな) とは思ったが、僕もそこそこ人間をやっているので学習している。そういう野暮なことは言わないのが一番だ。ごはんもカップヌードルとか、総菜になりつつあるけど、めちゃくちゃ美味しい。それに浮かれている母さんはいつもいつも誰々が浮気した、汚らわしい。しか言わない母さんよりもずっとずっと綺麗で優しい。 僕は母さんもどこかで泊るのだろうな、と思いながらご飯を食べた。 次の日、僕は普通の顔をしておじさんと東京へでかけた。僕はなぜか、おじさんと手を繋ぎたいと思った。僕はおじさんにしゃぶってもらう、以上のことも僕は期待していた。そしてそういう関係になるのだったら、手は繋がなきゃいけないんじゃないかという気がしていただけだ。 女の人は好きだけど、僕は母さんかおじさんなら、断然おじさんが良かった。なぜならおじさんは僕に優しい。 だから僕はおじさんとなら全然いける、と思っていた。東京の駅に着いた時、携帯のメッセージが届いた。細川だ。 【今、家?】 【東京】 【一人で?】 【二人】 【彼女?】 【違うけど】 【友達?】 【違う】 【え、なんで東京いるの】 【ラブホ行く】 【は?】 【またな】 【うそでしょ】 そんな短いやりとりにニヤニヤして携帯ばかり見てたら、こつん、と頭に軽くゲンコツが入っていつもの白シャツにズボンのおじさんが汗をかきながら俺に手を差し出した。 「お前なあ、早く来いよ。田舎じゃないんだぞ」 僕はうん、と言いながらおじさんの手を握った。おじさんは早く煙草が吸いたいらしく、苛々していた。僕はおじさんの背中をずっと見ていた。カラフルな色が、汗で濡れたシャツから透けて見えていた。
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