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それからしばらく僕とおじさんは何度かセックスを楽しんで、ぐったりして寝ていると、ドアがノックされた。
怪訝な顔のおじさんが目覚めた僕を抱きしめて、じっとしていろ、と言ってからドアに向かって歩いていき、誰だ、と言った。そしたらコン、ココ、コン、みたいな妙な拍子のついたドアの叩き方をした誰かがいて、おじさんは僕の方を振り向いて大丈夫だ、と笑った。
おじさんがドアを開けると、前に僕の家に来た男の人ともう一人の男の人が立っていて、前に僕の家に来た男がいきなりおじさんを殴った。それから僕を見て、もう一度おじさんを殴った。
おじさんはとりあえず、解ったよ。煙草吸わせてくれと頼んだが、男の人はおじさんをトイレに連れて行き、乱暴にトイレのドアを閉めた。それから激しくガタガタとトイレのドアが揺れだした。おじさんの、切羽詰まった声が聞こえる。僕の時とはうってかわった、切実な声。
「ひ……、ひい……!壊れちまう、馬鹿野郎……!」
「おう、壊れろ、壊れろ!お前なんてな、いてもいなくても誰も困らないんだぜ、だから俺が壊してやるよ」
「あのまま死ねばよかったのに!なんで、生きているんだよう」
「そう言うだろうと思ってな、生き返ってやったのさ!ええ、これからもよろしくな!」
「やめろ、やめろ」
おじさんの泣き声がベッドまで聞こえた。途中で殴りあっているのか、ドン、とかガン、とか鈍い音が聞こえる。僕が呆然としていると、もう一人男の人が僕に近づいて、財布を取り出した。
そして何枚かの万札を抜くと、僕に握らせながら、極力親切に見えるように努力しているのか、ぎごちない笑顔で僕に話しかけた。
「悪いけど、おじさんは用事ができたから先に帰ってくんないかな?」
「でも……」
「大丈夫、大丈夫、いつもの事だから」
「いつもの事……?おじさん、あの、あの人を刺したって」
「うん、だからいつもの事なんだって」
「いつも……?」
「今回は深く刺さりすぎちゃって病院に運ばれちゃったから。大丈夫、大丈夫」
そう言って男の人は僕に着替えるように促して、僕はおじさんが死ぬんじゃないかと心配になりながらも空のコンドームの袋だけはポケットに忍ばせた。
そしておじさんに買ってもらった服や鞄の袋を抱えて僕はおじさん、とトイレに呼びかけた。すると、トイレが静まり返った。
「おじさん、今日はありがとう……。じゃあ、また」
そうするとおじさんの「ありがとう」という声が聞こえた。それからまた騒々しくなったので僕は一人で地元に帰ったが、母さんにはおじさんから連絡が入っていたみたいで、「途中で用事が出来たからって一人で帰すなんて」と母さんは怒っていた。
あれからおじさんの姿を見ていないし、母さんも誰もいなかったように振舞い、僕も新学期が始まってからおじさんを思い出さなくなった。
半年後に母さんは再婚した。
でも相変わらず離婚や不倫の話が近所であるたびに、目を輝かせるけれど、「汚らわしい」とは言わなくなった。義父は良い人だけれど、やっぱり他人だった。
いつのまにか父さんは隣町で家を買っていた。
高校を卒業した僕は大学を理由に東京に来ていた。
東京はとてもカラフルで、時間の流れがとても速い。ここでは僕はなぜか死にたい、と思わない。死んじゃう、と思う事はあるけれど、まだ死にたくない、とも思えるようになった。大学は細川と一緒だったので、一緒に住むことに決めた。
「彼女出来たら連れ込めないな」
と細川は言う。僕がラブホ行けよと言うと、お前高校生でラブホテル行ったんだもんな、と羨ましそうに言うから。
「いいか、ラブホのコンドームは安いしサイズもあわねーから、ちゃんと自分の合うのを見つけて買うんだぞ」
と偉そうに言った。
その言葉と、今も愛用しているコンドームの銘柄だけが、僕におじさんがいたという証拠なのだった。
【世界でたった独りの僕と、いてもいなくても誰も困らないおじさんの話】完
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